荒野を往く咎人
こうして、トマスは業を背負い歩み始める。トマスの地獄の贖罪は幕を開けた。
トマスが荒野を往けば其処には、魔法使いが用意した様々な世界が待っていた。
海の傍で命の恵みを受け、慎ましく生きる村々。戦乱を繰り返し、人々の心が荒みきった国。太陽と雨に富み、豊かな穀物を実らせる森。怒号と銀貨が飛び交う、夜の街。風と雲で満たされた広大な大地。
行く先々の世界でトマスは様々な人間として生き、そしてたくさんの愛を受けた。
子を孕めぬ妻の夫として。数多の戦地を駆け抜けた猛将の愛弟子として。幽山に住まう独り身の翁の拾われ子として。話術巧みに稼ぐ豪商の世継ぎとして。
多くの豊かな愛を受けたトマスは滂沱の涙を流しながら彼らを殺めた。
ひたすらにフィリアへの愛を唱え、トマスは愛を砕き続ける。愛を砕き、自らを失い、理を捨て、それでもひたすらに彼は殺め続けた。ただフィリアとの愛のために。
自らとフィリアの欲のために非道の極みに堕ちようと、彼はひたすらに前を見据え歩み続けた。
愛のために愛を砕く修羅となって果てなき荒野を征く。
いくつの愛を裏切り、どれほど自分の心から湧き上がる嗚咽を耳にしたか。
トマスは限界を迎えていた。体のいたるところ、血で穢れていない部位など存在しない。そしてそれ以上に心が血に塗れていた。
もはやこの時トマスは、なぜ自分が自分を愛してくれる人々を裏切るのかすら分からない。地獄の果てで意味など既に喪失していた。
訳も分からず寂寞の荒野を進み、愛する人を傷つけるトマスを、それでも突き動かすものは何か。
トマスにはそれすらも定かではなかった。
魂に深く刻み込んだフィリアへの愛も苛烈な贖罪の前に磨耗していた。
幾度も愛を破いた末、未だトマスは荒野を歩み続けていた。
ふと、荒野を進むトマスの歩みが止まった。こうして立ち止まってしまうのは何度目を数えるだろう。
疲労が極みに達したのだろうか。それとも今まで疲れた体に鞭を打っていた心が完全に削げ落ちてしまったのだろうか。
しばしの間、棒のように立ち尽くしたトマスはやがて面を上げる。その目が捉えたものは、トマス以外のありとあらゆる存在を排したこの荒野にあって、あまりに不自然な「門」であった。