荒野を往く咎人
「フィリアが本来なら視線を組交わすことすら叶わぬ高貴なる存在であることは存じております。ですが、我らは愛し合っております。愛より優先すべき理などこの世にありはしません」
王を前に、騎士団という王の権力を象徴する圧倒的な力を前に、トマスはそれまでと同様ひたすらに真っ直ぐであった。そしてトマスは、臆面も迷いもなく、自らとフィリアの愛の深さを語る。
「私が死んだと知らば、悲しみに暮れるフィリアも自らの命を絶つでしょう」
傲慢でも自己愛でもなく、ひたすらに互いの愛を信じる男はさらに言葉を紡ぐ。
「我を殺そうと言うならば、一瞬たりともフィリアを悲しませること無きよう、我ら同時に殺していただきたい」
自らへの他人の愛の深さを堂々と言いのけたその言葉は周囲をどよめかせる。
王の一声でいつでもトマスの首をはねられるよう、槍斧を構えていた騎士達の手が震えていた。
王は怒りに打ち震え言葉を発する事も叶わなかった。
王に向かって姫を殺せとのたまった男はただ一点、愛を武器に世界を統べる者を見つめる。しばしの逡巡の後、王は傍らに添う魔法使いに命じ、トマスに壮大な罰を言い渡した。
「フィリアと愛を交わしたくば、貴様の言う絶対の愛を壊して見せよ」
魔法使いが嗄れた手に握る杖を振るうと世界が捻れた。
王の威厳ある声が響く。
「これから貴様の命は時を外れ、狭間の世界をさすらうだろう。その世界で貴様は百の愛を受け、貴様に愛を与えた人々を殺せ。それが貴様の贖罪だ。それを成さばフィリアとの愛を認めよう」
王の怒りは底の見えぬ巨大なものだった。
「唯一絶対の理である愛のために、愛を百度打ち砕いて見せよ」
自らに言い渡された贖罪の術を聞き、トマスは初めて愛の前にたじろいだ。自らの愛を貫くために、他人の愛を打ち砕くことは許されるのか。
答えを見つける前に、トマスの視界が歪み、意識が薄れていく。
気がつけば、トマスは荒野に独り立っていた。
朝も夜もなく、時間の感覚もおかしくなるような寂漠とした大地でトマスは悩んだ。なぜ自らの愛を貫くことが咎にならねばないのか。
悪を知らぬトマスは悩み続けた。
幾時を悩み抜いただろうか、トマスは荒野で一歩を踏み出した。
トマスは真っ直ぐな男だった。フィリアへの愛を捨てることなど最後まで選べなかったのだ。