荒野を往く咎人
それほどにトマスが纏う雰囲気には鬼気迫るものがあった。
幾時をこのように過ごしたのだろうか。引きずる足に軽快さなど微塵も感じられず、だらりと垂れ下がった腕はトマスが満身創痍であることを容易に想起させる。
しかし、それでもトマスが立ち止まることはない。
トマスが目指すのは唯一つ、それは赦しであった。
音もなく、色もない。無限に続く大地を闇雲に歩み続けること。それがトマスに与えられた贖罪の一つだ。それを知っているからこそ、トマスは脇目も振らず、自らに課せられた責務を果たそうと命と心を削る。
トマスという男を語ろう。
貧民として生まれ、貧民として育ち、文字も数もしらぬ身であったが、彼はひたすらに勤勉で誠実な男であった。
自然とトマスの周りは善意と笑顔で満ちていった。 彼自身がそれに満ちていたからだ。
やがて周囲の強い薦めを受けたトマスは宮廷の庭師として出世を遂げることになる。家名すら持たぬ貧民の身ながら荘厳な世界の一端で働くことを許されたトマスは、自らが認められた喜びにふるえ一層仕事に精を出すようになっていた。
仕事で汗を流すことに励み、人々の笑顔を自らの喜びに変え、庭の木々や花々の彩りに心を動かす様な澄んだ魂を持ったトマスはやがて一人の女の想いを動かすことになる。
清廉なトマスに想いを寄せた女は輝く美貌と慈愛を備えており、名をフィリア・ヴィノ・シュルサフィーヌといった。トマスが勤める宮廷の主の愛娘である。
フィリアの恋心をトマスは迷い無く受け止めた。貧民と王族の恋など、叶わぬどころか、とても許されるべきものではないと踏みとどまらなかったのは、彼が愛にも真っ直ぐでありすぎたからだ。
やがてトマスとフィリアの愛の前に大きな壁が現れた。
貧民の出である一介の庭師に過ぎない男の、王の血に連なる高貴な愛娘への懸想を知ったとき、はその怒りに体中の細胞を震えたぎらせた。
王はすぐさまトマスを呼び出した。
百を越える騎士が周囲を取り囲み、首には3本の槍斧が突きつけられた体勢でトマスは自らの、そしてフィリアの愛を説いた。自らの生殺与奪を握る、世界の王へと。
「王よ、なぜ、我らの愛を阻もうとしたもうか」
トマスの第一声に死を前にした脅えは一切感じられなかった。