朱く染まる日
放課後を知らすチャイムと共に教室を飛び出した。息を切らして走り、通学路を囲む木々の一つに寄りかかってあの紙を開く。
しわくちゃになった手紙が申し訳なくて、謝罪を込めた合掌をしてから久良木はその紙を開く。
やたら小さくて小奇麗な字は、まず『久良木小夜さんへ』と出迎えてくれた。その次――冒頭は『一年の頃からずっと想っていました。』これだけで目まいを覚えたが、土を踏みしめて続きの文章を目で辿る。こういう所が好きだ、あの時もずっと見ていて、と恥ずかしいお決まりの言葉が続いて、とどめは『この気持ちに応えるかどうかはあなたの自由だけど、もしよかったら付き合ってほしい。――五百住一茶(いおずみいっさ)』、そしてその下に綴られているメールアドレスと携帯の番号。
「…………!!」
肺か胃かは判別に苦しむが、とりあえず胸の辺りが危険信号を上げている。襲ってくる吐き気は昼食ではなく手紙に込められた純粋な感情によるもの。好意は素直に嬉しかったのだが、長い間たった一人に片想いしていた彼女とは致命的に相性が悪かった。
「ゲホ、ッホ……」
手紙が地面に落ちた。久良木はそれを拾う余裕もなく、口元を両手でおおいその場にしゃがみ込む。ああ、情けない。ラブレターを貰ってこんなに取り乱す人間などこの時代そうそういない筈なのに。ああ、情けない!
「久良木?」
彼女に声をかけたのは、今、二番目に会いたくない人間。久良木は、いきなり現れた第二者を見上げる。
「はえば、るくん……」
「驚いた。五百住のラブレター貰って涙目になる奴がいるんだな」
南風原は久良木の横へ行き、姿勢を低くし目線を合わせてから「嫌だったのか?」と尋ねる。久良木は一度ためらってから、小さく頷いた。
「五百住くんには悪いけど……」
「いや、いいだろ。あいつもフラれる覚悟の上でぶつかったんだし」
首を傾げる久良木に、南風原は冗談のような口振りで「だって、異性が苦手と“ノーコメント”をちゃんと伝えたから」と軽く笑う。
「それに、嫌々付き合う方がよっぽど失礼ってもんだ。そこはキッパリ断るべきだって」
「そ、だよね……」
久良木は一度、潤んだ瞳を袖で拭う。
「わざわざありがとう、南風原くん」
「わざわざ言うな。浅すぎるけど、十年来の付き合いじゃん。気にかけて当たり前」
「……覚えててくれたんだ」