レイニーガール
悲しくなくなったらどうなるのかと。
私は悲しみを抱いて、誰かを冷たい雨から守ってあげたいと、そう誓ったのではないか。
少年の声を聞いて、少年の顔を見て、そして彼女は感じた。
人に優しくしてもらうことがどれほど喜ばしいことなのかを。
そして同時に、悲しみを抱き雨に打たれる事がどれだけ辛い事なのかも。
それを感じるのがどこの誰になるのか、彼女は知らない。
それでも彼女には我慢できなかった。
自分が人の優しさで笑顔になっているその陰で、雨に打たれ涙を流す人が居るかもしれないということが。
私は誰かのために雨を受けるのだと、そう誓ったはずだった。
再び襲ってくるであろう悲しみの恐怖に震えながら、それでも彼女は拒絶を決意する。
この少年の優しさにこれ以上甘えるわけにはいかない。
「私に構わないで……」
そう告げて、彼女は名も知らぬ優しい少年の顔を仰ぎ見る。
そのとき心配そうに彼女をのぞき込んでいた、少年の顔に陰が差した。
しかしそれは好意を否定された少年が表情をゆがめたからではない。
少年が背負うような形で太陽が姿を見せたのだ。
「あ、雨止んだね」
陽の光に気づいた少年は、空を見上げ屈託無く笑った。
――いけない。
彼女は焦った。
――雨が止んでしまった。
――私の悲しみが途切れてしまったのだ。
彼女が人に優しくされたから。
心の温もりを求めて、その優しさを受け入れてしまったから。
雨は彼女を打たなくなった。
――私以外の悲しみを探してどこかへいってしまった。
彼女は冷えた体を暖める陽光に包まれながら、空を見上げる。
――まだ、間に合う。
――雨を探して、そこへ行こう。
体も心も冷たく震え、孤独に苛まれれば雨はまた彼女を打つだろう。
空を見る。
空と雲と風を感じて彼女は雨を探す。
「お姉ちゃん?」
眉をひそめ空を窺う少女の様子を訝しんだ少年が声をかける。
地面にできた水たまりに日差しが反射し、きらめく世界で雨を探す少女は気づいた。
雲が見当たらない事に。
先ほどまでの雨が嘘だったように、空は鮮やかに晴れ上がって行く。
いまや雨の気配はどこにも無かった。
雲が散った蒼穹を仰ぎ、少年は言う。
「よく晴れたね」
今まで雨に濡れ続けることしか考えてこなかった少女はその空の青さに戸惑うばかりだ。