心の中に
いや、例外がいた。それは二人の子供たちであった。役人の恩情か謀略かはわからぬ。大人たちに先駆け、無理やり踏み絵の上に乗せたのである。
こうして、仁助の息子である卯之吉と、吾作の息子の茂吉だけが命拾いをしたのだ。
刑場には寒風が吹き荒れていた。
一揆などの首謀者や盗賊などはここで「磔」となる。だが、キリシタンの場合は「火あぶり」と決められていた。
刑場に引かれる列の中には仁助、よねの夫婦の姿も見られた。その列は周囲を厳しく囲った、垣根の中へと入っていく。
「おお、主よ。我らの魂をお救いくだされ……」
「なにとぞ、パライソにお導きくだされ。アーメン……」
村人たちは口々に祈りを捧げ、死の時を待つより他になかった。
「おっとーっ、おっかーっ!」
卯之吉と茂吉は垣根にしがみつき、親を呼び続ける。しかし、無情にも村人の身体に藁が巻かれ、簀巻きにされていく。
「けっ、救いようのない奴らだ。踏み絵を踏めば、命が助かるものを……」
役人が軽蔑したように簀巻きになった村人たちを見下した。
「やれい!」
その号令を合図に、簀巻きになった村人たちに次々に火が点けられる。バチバチと藁の燃える音が、乾いた空気に響いた。
「おっとーっ、おっかーっ!」
卯の吉と茂吉の絶叫が響く。
「うおおおおーっ!」
「ぐおおおおーっ!」
卯の吉や茂吉の両親も紅蓮の炎に焼かれ、火だるまになっていく。村人は皆、苦しみもがき、簀巻きにされたまま踊り狂っている。正に阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
「おうおうおう……!」
猛火に焼かれる悲鳴と、子供たちの泣き叫ぶ声が重なった。
刑場の周囲には人の肌、肉、そして髪が焼かれる独特の、異様な臭気が立ち込めていた。
イエス・キリストはゴルゴダの丘で十字架に磔となり、火あぶりになったという。それは果たして、このような凄惨なものであったのであろうか。
灼熱の炎の中で炭になっていく父母を眺めながら、卯之吉の口は神に祈った。
「どうか、おとうとおかあをパライソにお導きください!」
だが、卯之吉の心の中は釈然としない。
(何で、神様はおとうやおかあを助けてくれなかっただ? おとうやおかあが何を悪いことしただ?)