心の中に
「ぼ、坊主、何をしやがるんで!」
「お主、河内屋の瓦版を書き直せ!」
「うっ……」
その僧侶の眼力たるや凄まじく、瓦版売りは何も言い返せないでいる。
「河内屋はうちが檀家だ。その檀家を邪宗呼ばわりされてはかなわんからのう……。それに踏み絵の際には、さる筋のお方も立ち会われておられる。侮辱するは許されぬぞ」
僧侶は戒めを緩めた。
「坊さんは一体……」
「拙僧は突光寺の住職、上念じゃ。今のこと、忘れるでないぞ。さもなくば、寺社奉行様からもきついお咎めを受けるものと心得よ!」
「ひいっ!」
瓦版売りは瓦版を落とすと、その場に座り込んでしまった。
堀の河岸沿いを長太郎が歩いていた。いつもなら、近所の子供たちと遊ぶ長太郎だが、ここ数日は一人で遊んでいる。
「邪宗の子とは遊べねえ」
そう言った友達の言葉が長太郎の胸に深く突き刺さっていた。
「坊や、ちょいと顔を貸してくんねえ」
そう言って長太郎の前に躍り出たのは、他ならぬ木村陣内であった。
「あっ!」
木村陣内は長太郎の口をその無骨な手で塞ぐと、材木が積まれた空き地へと引きずり込んだ。
「くくく、騒ぐんじゃねえぜ……」
木村陣内がニヤリと笑う。
「もう、世間ではおめえたちの味方はいねえんで」
木村陣内は左手で長太郎の口を塞ぎながら、右手で脇差を引き抜く。
「おめえが死んだって世間は不憫に思わねえだろうよ。それに、おとっつぁん、おっかさんがどれだけ嘆き悲しむか」
長太郎の頚には脇差の白刃が鋭く光っていた。
長太郎の足はすくみ、悲鳴も上げることができぬ。
長太郎の足元に水溜りができた。あまりの恐怖に失禁したのであった。
「ほう、そうかい。そんなに怖いかい? ズブリといこうか? それとも、簀巻きにして大川に沈めてやろうか?」
木村陣内という男は執拗な性格の男らしい。長太郎をいたぶり、それを愉しんでいるようだ。
「くくく、これでお奉行様も、ご満足されるに違いねえ……。あばよ、クソガキ!」
脇差が一際高く、宙に舞った。
長太郎は観念したように、深く目を瞑る。
「うぎゃーっ!」
しかし、絶叫を上げたのは木村陣内であった。
木村陣内は脇差を落とし、その場にうずくまっているではないか。
見れば、その右手と右の脹脛に手裏剣が突き刺さっている。
「く、くそっ、誰でえ!」