心の中に
おもつも微笑んだ。
「そうよのう。憎むべきは人の定めではない。人の心に潜む闇といつか平次が申しておったのう。誠にそのとおりじゃ。神とは己が己を律し、人が人であるために在るような気がしてならぬな」
「私は今のお奉行様も、木村様も憎んではおりませぬ」
おみつが卯兵衛の顔をまじまじと見つめながら言った。
「罪を憎んで人を憎まずか、良い言葉よのう」
平次が庭から覗く空を眺めた。その空は、どこまでも澄み渡り、青く輝いていた。
奉行所ではふて腐れる富田刑部を苦々しく見つめながら、倉内主膳が引き上げていった。
それと引き換えに木村陣内が入る。
「お奉行様、此度はとんだ誤算でしたな……」
「うるさい!」
「しかし、河内屋も邪宗が嫌疑を懸けられお縄になるのは、これで二度目でございまするぞ」
富田刑部の細長い目がギラリと木村陣内を見据えた。
「なるほど、人の口に戸は立てられぬと申すか……」
「瓦版なども、面白おかしく書きたてましょうぞ」
富田刑部が扇子を弄びはじめた。
「くくく、火あぶりが駄目なら、日干しにするというわけか……。面白いのう。お主の才覚にまかせようぞ」
「さあさあ、大変だ、大変だ。あの河内屋がまたキリシタンだってことで、お縄になったよ。お縄にしたのは八丁堀の木村様だ。なんでも十字架を持っていたっていうんだから驚きだねえ。ところがどっこい、河内屋は一家で踏み絵を踏んだんだ。主はこれで二度目だ。もしかしたら、まだ十字架を持っているかもしれないねえ。河内屋は邪宗に身も心も売った悪魔の手先か、それともすぐ心変わりするお調子者か。詳しくは瓦版に書いてあるよ。さあ、買った、買ったあ!」
この瓦版は瞬く間に売れ、巷では河内屋を隠れキリシタンと呼ぶようになった。人によっては「命が惜しいために、踏み絵を踏んだ」などと中傷する者まで現れたのである。
これぞ、富田刑部と木村陣内が描いた筋書きであった。
それでも卯兵衛は「良い時もあれば、悪い時もある。これも神様が与えてくださった試練だ」と言い、耐えたそうな。
だが、その裏では材木の取引も中止になり、先行きは暗かった。
そんな河内屋を見兼ねて、一人の男が起ち上がった。
瓦版売りは今日も威勢よく、瓦版を売っていた。
そこへ一人の僧侶が歩み寄る。すると、いきなり襟首をムンズと掴んだではないか。