心の中に
「おうおう、旦那、ちょいと番屋まで来てもらおうじゃねえか。お内儀も一緒でえ!」
そう喚いて木村陣内が河内屋へ乗り込んできたのは、それから四半刻も経たぬうちだった。
「騒々しい。一体、何事でございますか?」
番頭の平次が楯となるが、木村陣内はその頭を十手で小突くと、無遠慮にズカズカと奥へと上がり込んだ。
店の奥では卯兵衛とおみつが神妙な面持ちをして座っていた。おそらく、事態を察したのだろう。
「これは木村様。何か御用ですかな?」
卯兵衛がジロリと木村陣内を睨みながら言った。それは、物静かではあったが、気迫に満ちた声であった。
「しらばっくれるねえ。てめえんとこのガキがこんな物を持っていたんでえ。よもや、知らねえとは言わせねえぜ」
木村陣内は鬼の首を取ったかのように、銀の十字架を卯兵衛に突き付けた。
「ほほう。確かにこれは我が家の家宝でございますが、それを持っていたからといって、キリシタン呼ばわりされては迷惑千万ですな」
卯兵衛は動じずに、平然と言って退けた。
「じゃあ、これはどうしたんでえ。おめえは前にも踏み絵を踏んだことがあるはずだ。そのおめえが何でこんな物を持っているんでえ?」
木村陣内も引き下がらぬ。
「それは、私が弟の物でございます。それをお取り上げになるのは木村様のお役目柄、致し方がないこと。だからと言ってキリシタン呼ばわりされましてはのう。現に私どもは神社仏閣への参拝は欠かしておりませなんだ」
「くくく、口とは便利なものよのう。では、能書きは奉行所で聞くとするか」
木村陣内の背後には下役人が数名、押し寄せていた。木村陣内が十手で卯兵衛の顎を持ち上げた。だが、卯兵衛は平然としている。おみつは僅かだが震えていた。
「お父様、お母様!」
長太郎の声が響いた。長太郎は下役人に捕らえられている。
「長太郎!」
おみつが身を乗り出す。それをまた、下役人が制した。
「一家揃ってしょっぴけい!」
木村陣内が叫んだ。
「どうか、息子と娘だけは!」
おみつが木村陣内に縋る。しかし、木村陣内は汚らわしいものを振り落とすように、袖を払った。おみつが床に転がった。そのおみつを卯兵衛が抱え起こす。そして、その耳にそっと囁いた。
「こういう時は一家、揃っていたほうが良いものなのだよ」
その晩、富田刑部と木村陣内が奉行所で何やら密談をしていた。