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心の中に

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 茂吉は笑顔を崩さなかった。与吉の槍の一撃で絶命した。おそらく、痛みを感じる暇もなかったことだろう。それほど、与吉の槍さばきは素早く、正確なものであった。
 それでも、磔刑とは何度も槍を突き刺すものである。既に天に召され、魂の抜け殻となった物体を、非人は何度も槍で突き刺さねばならなかった。
 最後は首に槍を突き刺して刑は終了する。それでも、茂吉の死に顔は笑っていたのである。
 その顔に向かって、卯兵衛は祈りを捧げ続けた。懐に仕舞ってある、煤けた銀の十字架は、汗でビッショリと濡れていた。だが、卯兵衛は茂吉の魂を救ったのだ。それは茂吉の死に顔が証明している。この時、卯兵衛は茂吉にとって救い主と言ってもよかった。

 非人が浅草の溜まりで罪人を荼毘に付していた。その罪人とは無論、茂吉である。無宿人として引き取り手がないのはもちろんのことであるが、この時代、処刑された罪人が親族にその遺体を引き取られることはなかったのである。
「与吉さん……、だね?」
 非人の肩がビクッと跳ねた。まるで、驚いた魚のようだ。そして、ハッとして振り返る。
 髪を剃り上げ、非人の姿をした与吉が卯兵衛を見上げた。
「その名前を呼んでくれるねえ。それに儂に話しかけちゃいけませんぜ」
 与吉がボソッと呟いた。与吉は今や非人の身分である。当時、非人がみだりに町人と口を利くことは禁じられていた。これもまた、言われなき差別である。
「そうはいきませんよ。何せ同じ故郷で生まれ、大役を果たしたあんただ。子供だった私だって、しっかりと覚えていますよ。私です。仁助の息子の卯之吉ですよ」
 卯兵衛はそう話しかけるが、与吉はもう振り向かない。卯兵衛はその背中に続けた。
「あれから、キリシタン狩りがありましてね。玉置村は全滅しましたよ」
「何?」
 与吉が血相を変えて振り向いた。
「じゃあ、儂は何のために……」
 与吉が立ち上がり、卯兵衛の胸倉を掴んだ。与吉にしてみれば、非人としての積年の屈辱が無駄に思えたのだろう。無論、鈴丸があの時、松平伊豆守に助命嘆願をしたことなど、与吉は知る由もない。
「まあ、待ちなさい」
 卯兵衛は与吉の手を払った。そして、静かに続ける。
「あなたのお陰で藩は改易になったのですよ」
「改易!」
 与吉が驚いたように叫んだ。
「そして、あなたが今、荼毘に付しているのが茂吉です」
作品名:心の中に 作家名:栗原 峰幸