心の中に
それは同じキリシタンの郷に生まれ、兄弟の契りを交わしながら、罪を重ねてしまった弟への、卯兵衛なりの精一杯の誠意だったのである。
この時、卯兵衛は心の中で茂吉のために救い主、イエス・キリストへの祈りを捧げていた。
その祈りは茂吉が再び牢屋に引かれていった後も続けられた。
その日は、河内屋の前も騒然としていた。何せ、極悪非道と謳われた凶盗、蛍火一家の一味が市中引き廻しとなっているからである。茂吉を乗せた馬は、河内屋の前も通る。既に往来には人だかりができていた。
「どうしました、お内儀さん。見にはいかないのですか?」
平次がおみつに声を掛けた。おみつは産まれたばかりの長男、長太郎を寝かしつけたところだった。
「とても、見る気にはなれませぬ。親の仇でありながら、あの人の弟とは因果なことですこと」
「本当に見なくて、後悔しませんかな?」
「どういうことです?」
おみつがいささか険しい目で平次を見つめた。
「人の因果とは奇縁なもの。それに、お内儀のご両親や弟は死んではおりませぬぞ」
平次は真剣な目でおみつを見つめ返した。おみつの目が動揺するように緩んだ。
「人は人の心の中に生きている限り、死には致しませぬ。お内儀さんが生きているということは、ご両親や弟も生きているということでございます。お内儀さんがそのことを忘れた時、彼らは本当に死ぬのでございますよ」
おみつがハッとしたような顔をして立ち上がった。そして、往来へと出ていく。
そこへ、茂吉を乗せた馬がやってきた。役人と非人に先導され、ゆっくりと練り歩く。手枷が痛々しそうだ。いや、それ以上に痛々しいのは、沿道から絶え間なく投げ付けられる石飛礫だ。飛礫は容赦なく、茂吉に浴びせられ、顔面からはおびただしい量の血が滴っていた。
その光景に思わずおみつは目を覆った。
馬がおみつの前を通った。家族の仇でもあり、息子を取り上げてくれた恩人でもある、その男が通り過ぎる。
おみつは指の隙間から見た。自分の方を向き、一礼する茂吉の笑顔を。
(ああ、茂吉さん……!)
おみつは心の中で叫んだ。その目から熱いものがはらはらと落ちている。この時、おみつの胸に去来したのは恨み節ではなかったことは事実だ。