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心の中に

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「頭への義理は十分果たしてきたし、ここであんちゃんに刃を向けたら、俺は本当に人じゃなくなっちまうと思ってね。ふふふ、俺も年貢の収め時だよ」
「だが、本当にそれでいいのかい?」
「むしろ、俺は清々しい気分だ。あんちゃんのやや子まで取り上げることができたんだ。あんちゃんや子供には俺の分まで幸せになってもらいてえ」
 茂吉は爽やかな笑顔でそう語った。だが、卯兵衛の顔は晴れぬ。
「あんちゃん、ひとつ頼みがあるんだ」
「ん?」
「勝手で都合のいい頼みかもしれんが、俺がお仕置きになる時、パライソに行けるよう、お祈りしちゃあくれねえか?」
 卯兵衛は深くため息をつくと、「わかった」と呟いた。
 そこへ、握り飯を持った平次が現れた。
「これを食っていけ」
 卯兵衛が茂吉に握り飯を渡す。茂吉がすぐさま、それを貪る。すると、茂吉の両目から大粒の涙がボロボロとこぼれ出した。
「ありがとう、あんちゃん。うまいよ。あの時と同じ味だ」
 卯兵衛の目からもまた、大粒の涙がこぼれていた。ひとつの握り飯を二人で分け合った幼き日が、二人の心の中に甦っていた。

「無宿人、茂吉。その方、蛍火一家と名乗り、幾度となく商家に押し入っては、その一家を殺害し、金品を奪いしとあるが誠か?」
 北町奉行、加納主税の重々しい声が、白州に響き渡った。
 結局、蛍火一家で生き残ったのは茂吉だけであった。頭は茂吉に殺害され、他の者は平次に角材で頭蓋骨を割られ、即死していたのであった。平次の腕前は、検分に来た与力、八坂兵十郎にして「凄腕」と言わしめるものであったという。
「へい、間違いございません」
 茂吉は粛々と頭を垂れた。その姿は誠に潔いものであった。
「素直に罪を認めたるは殊勝なれど、その罪は死罪を免れぬものなり。よって、江戸市中三箇所引き廻しの上、磔刑に処す」
 加納主税は深く目を瞑り、唸るように言い渡した。
「ははーっ」
 茂吉は頭を垂れたまま、ただ聞き入っている。取り乱したりはせぬ。
 その姿を卯兵衛は黙って見つめていた。この時、誰も気付かなかったが、卯兵衛は懐に茂吉から手渡された銀の十字架を忍ばせていた。それを間違って落とせば、大変な事態になることは覚悟の上で、茂吉の魂を救おうとしていたのだ。
 茂吉は「俺の魂がパライソに行けるよう、お祈りをしてくれ」と卯兵衛に言った。
作品名:心の中に 作家名:栗原 峰幸