心の中に
だが、すぐに精進尼の口元が緩んだ。精進尼は卯兵衛の心の奥底で今も息づく、イエス・キリストへの厚い信仰を見透かしたように、「私は御仏に支える身でございまするが」と前置きをした上で喋りだした。
「人は己の神仏を殺さぬ限り、自ずと救いの道は開けると思うておりまする。故に人は己を律し、人としての道を歩み、神仏に近づこうとするのではございませぬか。言い換えれば、神仏とは己の心の中と神仏の国にいると私は思うておりまする」
「心の中と神仏の国に……」
唸るようにおみつが呟いた。
その言葉はおみつにとって、亡き父母、弟が神仏の国で安住の地を得ているという慰めにもなったであろう。そして、己の行いを顧み、これからの人生の羅針盤となったに違いない。
しかし、卯兵衛は動じずに精進尼の瞳を見つめ返していた。精進尼の口から発せられた言葉は、あの牢内で聖母マリアから聞いた、「私たちは心の中と、神のみ国にいる」という言葉と同じ内容だったからである。それだけに、精進尼の言葉は卯兵衛の心を穿つのだった。
「さよう。おわかりか?」
精進尼が優しげな笑顔で二人に尋ねた。
「はい」
卯兵衛は強く頷き返し、おみつは丁重に頭を下げた。
「かつて、私のいた国ではキリシタン狩りが行われましてのう。それも、無能な領主の失政によって農民たちがキリストに救いを求めたのが発端でのう。そして、その農民たちを一網打尽にし、火あぶりにした挙げ句、年貢も取れなんだわ。その領主が藩士の妻君を手籠めにし、怒り狂ったその藩士に斬り殺されたのじゃ。誠にもって御粗末な末路よ。それが公儀にも知れるところとなり、直訴も重なってのう。その国はお取り潰しとあいなったわ」
そう熱く語った精進尼の眼光は鋭く、くノ一、鈴丸の面影を思い起こさせる。
「今日の精進尼殿はよく喋るのう」
そんな精進尼を見て、上念和尚が苦笑した。
「ほほほ、お喋りが過ぎましたかえ?」
そう笑った精進尼から、殺気はもう消えていた。
卯兵衛とおみつは住職と精進尼に再度、深く頭を下げると、寺を辞した。
その日、青木平内は神妙な面持ちで卯兵衛の足元へと詰め寄った。
「ちょっと、相談の儀がござるのだが」
卯兵衛も思い詰めたような青木平内の顔を見て、ただ事ではないと思ったらしい。正座をして、青木平内の方へと向き直る。
「何でしょうか」