心の中に
だが、すぐに役人たちは小屋の中に踏み込んできた。ドカッという音を立てて、扉が蹴破られた。
村人たちは狂乱状態に陥った。
「うぬら、詮議の筋がある!」
役人のドスの利いた声が響き渡った。
子供を連れてきている村人は、子供を後ろに匿った。無論、仁助とて例外ではなかった。卯之吉は仁助とよねの後ろに隠れた。
「おらたちは何も……」
仁助が口を開こうとしたが、役人は歩み寄ると、その頬に容赦なく平手打ちを食らわせた。
「徒党を組むはご法度。それくらいはうぬらも承知していようぞ」
役人の目はマリア像と十字架に向けられていた。
「やはりのう。これでは申し開きもできまいて」
こうして会合に出席していた村人全員が囚われの身となったのである。それは、女子供も容赦なく捕らえるという、非情なものであった。
「くくく、こやつらの火だるまが見られるて」
役人が愉快そうに笑った。
仁助はそっと、気付かれぬように卯之吉の懐に銀の十字架を落としたそうな。何故、貧しい農民が銀の十字架を持っていたかは知らぬ。それでも、仁助は確かに銀の十字架を持っていたのである。あるいは、宣教師からもらった家宝かもしれない。
卯之吉は恨めしそうな瞳で役人たちを見やった。
その頃、与吉は隣国へ抜けるため、山へ分け入っていた。笹熊川を溯り、支流の鬼女沢へ入る。
滑りやすい石の床を草鞋で踏み締めながら、一歩一歩、沢を上っていった。
山道もあるにはあるが、役人の手が伸びているやも知れぬ。
隣国へ抜けるには鬼女沢の源流である、鬼女山を越えるしかなかった。平地では関所を通らなければならないのだ。
与吉は背筋に寒気を覚えた。それは決して、夜の冷気のせいだけではなかった。
鬼女山には言い伝えがあった。それは鬼女山には鬼女が棲んでおり、山に登った者は鬼女に殺されるというものであった。与吉の脳裏にはその伝説がよぎっていたのである。
しかし、ここで足を止めているわけにはいかなかった。与吉はなおも足を一歩一歩踏み締め、山を登っていった。
既に鬼女沢は源流を過ぎ、ガレ場となっている。その先は熊笹の茂みだ。
濡れた草鞋が冷たかった。それでも、凍えそうな足でゴロタ石を踏み締める。
熊笹の林に入ると、笹の葉が容赦なく、与吉の肌を切った。日頃、農耕で鍛えた肌とはいえ、無数の擦り傷が付けられていく。