心の中に
卯之吉もおみつもひれ伏し、頭を下げた。
「卯之吉、これへ」
加納主税が手招きをする。普通、無罪放免になったからといって、一時でも下手人呼ばわりされた者を呼び付ける奉行などいたものではない。
加納主税がこそっと卯之吉に耳打ちした。
「よくやった、卯之吉。十字架は返せぬが、後はその方の心の中で何を信じようと自由じゃ。おみつを頼むぞ……」
卯之吉とおみつは人前であることを忘れ、強く抱き合ったという。そして二人の目からは熱いものがこぼれていた。
その晩、卯之吉の家へ戻った二人は、ささやかながら夕餉のひとときを楽しんだ。
「おみつ、心配をかけたな……。しかし、喋れるようになって良かった」
「これも卯之吉さんのお陰です」
おみつは卯の吉に深々と頭を下げた。
「礼には及ばねえ。俺はお前の幸せを願っているよ」
おみつは箸を置き、膝を正して改まった。
「卯之吉さん、お願いがあります。どうか私を嫁にもらってくださいまし」
再びおみつが三つ指をついて頭を下げた。卯の吉の手から箸がポロリと落ちた。
「おみつ、俺はな……」
「その先は言わないでください。真実を語ることがすべてではありません」
おみつは卯之吉の言葉を遮ると、堰を切ったように卯の吉の胸に飛び込んだ。卯之吉もしばらくは呆然としていた。しかし頭の中に再び聖母マリアの言葉が過る。
おみつは卯之吉と夫婦になりたいと言っているのだ。今、おみつを幸せにしてやれるのは卯之吉しかいなかった。
卯之吉の両手がしっかりと、おみつの華奢な身体を包む。それは力強いようでもあり、優しく包み込むようでもある。
やがて一つの布団でもつれ合う、一組の男女の姿があった。
夫婦になることを契り、添い遂げることを誓い合った男女の、美しくも神聖なる愛の営みである。
よくこの営みを「夢か現か」などと人は言うが、二人にはお互いの存在がはっきりと確かめられたに違いない。何故ならば、押し殺した渇望の果てに手に入れた、熟成した想いと至極の時間なのだから。
おみつには初めての苦痛も悦びであったのだろうか。その手はきつく卯之吉の背中に巻き付き、顔は幸福の痛みに耐えながら、閉じられた瞳から銀の滴が垂れている。
辛酸を嘗めた二人の、幸せの二人三脚が始まろうとしていた。