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心の中に

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「そこよ。見てしまったからには、仕方ないのう。我らは法の番人。そこに私情を挟むわけにはいかぬ」
 加納主税の手には煤けた十字架が握られていた。
「しかし、八坂……」
 加納主税がフッと笑みをこぼした。
「はっ」
「時に人の心とはまったくをもって、わからぬものよのう」
 加納主税が煤けた十字架を眺めながら、温厚そうな瞳で笑った。

 翌朝、卯之吉は北町奉行所の白州へ引きずり出された。
 卯之吉は同心や与力の詮議に対して、河内屋一家殺害もおみつ誘拐の件も自白しなかった。もちろん自分がキリシタンであることも認めぬ。そこで奉行直々に詮議を行うこととなったのである。
 そして白州で卯之吉はおみつと再会することになる。
「おみつ!」
 卯之吉の声に顔を上げるおみつ。その顔は不安を隠しきれない。
「鎮まれい! 北町奉行、加納主税様の御成りである」
 一同が頭を垂れた。
 重々しい空気が流れる。袴の擦れる音がした。
「卯之吉、面を上げい」
 大きくはないが、張りのある低い声が響いた。その声に気圧されながら卯之吉が頭を上げる。
 目の前に鎮座しているのは北町奉行、加納主税であった。
「その方、河内屋に押し入り金銭を盗み、一家を殺害した上に、娘みつをかどわかしたとあるが誠か?」
 加納主税の重く、腹に響き渡るような声が卯の吉にのしかかった。しかし、卯之吉は臆することなく答えた。
「私はそのようなことはいたしておりません」
「しかし状況からして、その方が下手人と疑われても仕方あるまい。本来ならばおみつから話を聞いてもよいのだが、その方も知ってのとおり喋れぬ。それどころか、あの晩の話になると首を縦横に振ることさえできぬ始末じゃ」
「お奉行様、お願いがございます」
 卯之吉が加納主税の両目を見据えて言った。
「何じゃ?」
「はい。私が捕らえられた時に取り上げられました簪を、おみつの髪に挿してやってくださいまし」
 加納主税の両目が細くなる。
「ふーむ……、よかろう。あい許す。簪をおみつに……」
 八坂兵十郎がおみつに簪を挿す。卯之吉が露店で買った簪である。すると今まで怯えたように、横から卯之吉を見つめていたおみつが、急に立ち上がると卯の吉の隣へ並んだ。そして加納主税に深々と頭を下げた後、何と口を開いたのである。
作品名:心の中に 作家名:栗原 峰幸