心の中に
八坂兵十郎が叫ぶ。必死で抵抗する卯之吉だが、数人の男が相手では屈せざるを得なかった。
ちょうど卯之吉が縄で縛られようとしていた時である。その懐から先程買った簪とともに、鈍く光る金属が落ちた。
「むっ、これは!」
八坂兵十郎がはっとして叫ぶ。鈍く光る金属。それは煤けた銀色の小さな十字架だった。
「こやつ、キリシタンか!」
八坂兵十郎が興奮し、顔を紅潮させる。
「ち、違う! あっしはキリシタンじゃねえ!」
咄嗟に卯之吉が叫んだ。確かに卯之吉の両親はキリシタンであった。十字架は両親の形見のものだったのである。
「申し開きは奉行所で聞こうぞ」
八坂兵十郎は縛られた卯之吉の顔を、十手で小突きながら笑った。
(ああ、もうおしめえだ。おみつ……、ああ、おみつ……!)
その晩、卯之吉は奉行所の、冷たい牢の中にいた。牢の中は卯之吉ひとりであった。
折からの寒波が容赦なく卯之吉を襲う。与えられた夜具などでしのげる寒さではなかった。身の芯から凍るような寒さで、歯がカチカチと鳴るのが頭の中に響く。
こんな時、思い出すのは、寄り添って寝てくれたおみつのことであった。
いつの間にか「女」として目覚めて、卯之吉に迫ってきたおみつ。己の所業を顧みて、女としての幸せを教えることを断念した、その身体の温もり。その温もりが今は無性に恋しかった。
ふと卯之吉の脳裏に、おみつの白く膨らみかけた乳房が過る。
(ああ、おみつ……)
卯之吉はおみつの桜色に震える乳首を思い起こすと、たまらなくそれを吸いたくなった。いや、乳房や乳首だけではない。湯浴みする時の、おみつの白い裸体を想像し、不埒な妄想に耽ったのだった。
(あの時、抱いておけば……)
しかし次の瞬間、もうそれもかなわぬ夢と思うと、卯之吉はふと、我に返った。
(俺はなんて馬鹿な奴なんだろう。こんな時に……。ああ、おみつ、許しておくれ。俺はやっぱり罪深い男だ……!)
卯之吉は涙を流しながら己を責め、心の中でおみつに許しを請うた。
「それほど自分を責めることはないでしょう……」
突然響いた女の声に、卯之吉はハッとなって顔を上げた。卯の吉は驚愕した。何と目の前に、聖母マリアが立っていたのである。