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心の中に

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 卯之吉はおみつがやがて自分の元から離れ、巣立っていくことを予感していた。そしておみつを養うことは、贖罪と考えたのである。そうでも考えなければ、女の色香で迫るおみつへの劣情を抑えることができなかった。
「おみつ、俺はお前にはそぐわない男だよ。おとっつぁんの代わりというわけにはいかねえだろうが、俺はお前が幸せになるまで面倒みてやるから、今夜はおやすみ……」
 卯之吉はそうおみつに言い聞かせると、その胸元を戻した。おみつもそれ以上、卯之吉に迫ってくることはなかった。ただ、卯之吉に寄り添い、その温もりを確かめるように眠りについた。
 その晩、卯之吉はなかなか眠ることができなかった。

 卯之吉はその日の夕暮れ、親方から給金をもらって家へ帰る途中だった。片手には笊に入った豆腐が抱えられている。
 昨日、おみつがどこからか、泥鰌(どじょう)を調達してきたので、泥鰌鍋にするつもりであった。
 真水で泥を吐かせた泥鰌を、酒に泳がせて醤油で煮る。そこへ豆腐を落とし込むのが、この寒い季節にはまた格別なのだ。
 帰り道には酒も買って帰ろうと思っている卯之吉であった。
 卯之吉は仕事の行き帰りに神社の前を通る。その境内には、夜ともなると華やかな提灯や行灯を灯した露店が並んでいる。その中に飾り職人の露天商があった。
 卯之吉はその前で立ち止まると、派手ではないが可愛らしい簪を一本手にする。
「旦那、まけときますぜ」
 卯之吉はこの簪を挿したおみつの姿を想像する。卯之吉の口元が緩んだ。
 卯之吉が簪を懐にして歩いていると、前に男が立ちはだかった。二本差しの刀に、手には十手を握っている。
 奉行所の与力、八坂兵十郎である。しかし、卯之吉が八坂兵十郎の名を知る由もない。
 見ればいるのは八坂兵十郎だけではなかった。数人の同心や下っ引も引き連れている。
「卯之吉と申すはその方か……?」
 八坂兵十郎が鷹のような鋭い瞳で卯の吉を見据えて呟いた。
「へい、あっしに何か……?」
「とぼけるな! 河内屋一家殺害ならびにその娘みつかどわかしの廉で召し捕る!」
 卯之吉の周囲を数人の下っ引が取り囲んだ。
「な、何をするんでえ……!」
 すぐさま卯之吉と下っ引の揉み合いが始まった。卯之吉は豆腐の笊を下っ引に投げ付け、逃げようとするが、行く手はすぐに阻まれた。
「神妙にお縄を頂戴しろい!」
作品名:心の中に 作家名:栗原 峰幸