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心の中に

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 卯之吉はよく働いたが、給金が出るまでの間、何とか食い次がねばならぬ。毎日、釣りをするわけにもいかぬ。米櫃は空になりかけていた。
(ああ、どうしよう。今更、盗っ人には戻れねえ……)
 卯之吉は頭を抱えた。そんな時、懐から煤けた銀の十字架がコトリと落ちた。
(もし、これが本物の銀ならば……)
 次の日の夕暮れ、卯之吉は仕事帰りに質屋に立ち寄った。神田にある「亀屋」という店である。
 質屋の前で立ち止まると、卯之吉は懐から十字架を出してソッと眺めた。そして、「はあーっ」と重いため息をつくと、意を決したように、暖簾を潜った。
「いらっしゃい」
 中ではふくよかな爺さんが、愛想よく笑っていた。
「実はこれを質に入れたいのだが……」
 卯之吉が懐から十字架を取り出した。
 爺さんは一瞬、目を丸くしたが、すぐに真剣な顔つきとなり、「ふーむ」と唸った。
「ちょいと、おかねさん。お客様だよ」
 そう呼ばれて奥から出てきたのは、卯之吉と同い歳くらいの女性であった。
「いらっしゃいませ」
 おかねは丁寧に卯之吉に頭を下げると、十字架に目をやった。そして、驚愕する。
「ちょ、ちょいと、何だよ、これ。まずいよ、こんな物を持ってこられちゃ」
「まあ、そう言いなさんな。こちらはお客様だよ」
 爺さんがおかねをジロリと睨む。
「おかねさん、査定を頼むよ」
 爺さんはそう言うと、さっさと奥に引っ込んでしまった。
「ちょっと、旦那様……!」
 しかし、爺さんは振り向かない。こうして卯之吉とおかねだけの空間が出来上がってしまった。
「よろしくお願い致します」
 卯之吉は丁寧に頭を下げた。その様がよほど切迫したように見て取れたのだろう。
「しょうがないねえ……」
 おかねは卯之吉に向き直った。
「で、いくら入用なんだい?」
「二十日には左官屋の給金が入る。それまで食いつなげればよいのだ」
「よっぽどわけありなんだろ?」
 おかねが卯之吉の瞳を覗き込むように尋ねた。
「あの、その、妹が故郷から突然、出てきたもので……」
「ふーん。いいさ、いいさ。人にはそれぞれ、事情っていうものがあるからね。私なんて、怠けた亭主を持ったばっかりに苦労させられるよ。私は質草だよ」
「は?」
 おかねは卯之吉が尋ねもしないのによく喋った。
作品名:心の中に 作家名:栗原 峰幸