心の中に
卯之吉は一層、足に力を込めて土をこねた。
「先生、そんなんじゃあ、とても使いもんになりませんぜ。今日でやめてくんな」
親方の声が卯之吉の背後で響いた。
「申し訳ござらぬ。それがしも食い扶持が他にない故、精進いたす。何とかならぬか?」
そう頭を下げる浪人者の言葉に懐かしい響きを、卯之吉は感じ取っていた。
(ありゃあ、持立訛(なま)りだ)
卯之吉は浪人に歩み寄った。
「先生、水が多すぎますよ。それに足使いもなっちゃいねえ。百姓の苦労がわかるかい?」
「それがしは持立藩士であったが、お取り潰しになってのう。今や浪々の身だ。愚かな藩主に支えたのが不運でござった」
浪人は乱れた髪を掻き上げながら笑った。まるで浪人となったことを、あまり苦とは思っていないようだ。
その顔を卯之吉は知らない。だが、その浪人こそ、桑原左門が自害せし時、介錯をした青木平内であった。
「先生は浪人になって良かったと?」
「浪人が良いとは申さぬが、あのような藩主に支えるのはもうまっぴら御免でござる」
「俺も持立の生まれでさあ」
「ほう」
青木平内の顔がほころんだ。
「玉置村でね。ちょうどキリシタン狩りがあった時に独りぼっちになっちまったんで」
「あれは凄惨だった。それがしも含め、城内にはキリシタン狩りに反対する声も多かったのだ。ところが時常めは断行しおった。そもそも、ご政道が誤っておらねば、あのようなことは起こらなんだ」
「先生とは気が合いそうですねえ。一緒に土をこねましょうか」
今度は卯之吉が笑った。
「日々の糧を得るためとは言え、それがしには土いじりは合い申さぬようでござるよ」
青木平内の顔は依然、浮かない。
「先生は百姓上がりのあっしを馬鹿にする気で?」
卯之吉が少しムッとした表情で青木平内を見やった。
「そうではござらぬ。人は起つ時に起ちそびれた時は惨めなものでござる。よってそれがしは土をこねている次第」
力無くそう呟く青木平内は、びしょびしょの土をなおも足で踏んでいた。
「ふーん。よっぽどわけありのようでござんすね……」
「いかん、いかん。それがしとしたことが。愚痴をこぼしてしもうた。憎むべきは定めではない。人が心に潜む闇よ」
青木平内は気を取り直したように、土を踏み固め始めた。卯之吉はそこへ土を足してやると、一緒に踏み始めた。