心の中に
卯之吉が衝立の後ろを覗くと、年の頃にして十六、七くらいの若い娘が怯えた瞳で卯之吉を見上げていた。ここで卯之吉は初めて己も盗っ人であることを思い出した。
(そうか、俺も同じようなもんだな……)
しかし卯之吉は娘が不憫でならなかった。若くして一家を惨殺され、天涯孤独となった娘にかつての自分の姿を見たのである。
「何も心配はいらない。俺と一緒においで。また、一家を襲った奴らが戻ってくるといけねえ」
卯之吉は頬冠りを取ると、そっと娘に手を差し伸べた。
しばらく娘は怯えていたが、恐る恐る手を差し出した。卯之吉はその震える手を優しく握った。
その卯之吉の仕草に少しは安堵したのだろうか、娘は強く手を握り返した。
こうして卯之吉は娘を、自分の家へと連れて帰った。
卯之吉の家は佃島にある。今では橋で渡れる島であるが、当時は船で渡るより他になかった。
佃島は漁師町であり佃煮の発祥の地としても知られている。卯之吉の家はその島のはずれにあるあばら家だった。
佃島は島全体が大して広いわけでもなく、四方を海に囲まれている。庶民のにぎやかな喧騒と、ほどよいのどかさが調和した場所でもあった。
しかし卯之吉は弱っていた。娘は凶盗に襲われたことがよほど恐怖だったのだろうか、まるで口が利けないと思われるくらい、一言も喋ることがなかったのである。
江戸の街では河内屋が盗賊に押し入られ、一家が惨殺されたこと、娘の「おみつ」がさらわれたらしいことが噂になっていた。こぞって瓦版はそのことを書き立て、売り歩いている。
卯之吉は瓦版を手にした。そこで卯之吉は娘の名が「おみつ」であることを知った。
だが卯之吉はおみつを匿っていることを明かすわけにはいかなかった。何故ならば、「恐れながら」とお上に訴え出れば己の素性が明かされ、首が飛び兼ねないからである。何せ十両を盗んだだけで首が飛ぶご時世だ。
卯之吉は悩んだ末に、盗っ人稼業からは足を洗い、まじめに働くことを決意した。綺麗な金でおみつを食わせてやりたいと思ったのである。それが今、卯之吉にできる精一杯の誠意であった。
「ちょいとごめんよ」
そう言って、卯之吉が門をくぐったのは左官屋だった。この時代、食い詰めた浪人者なども左官屋で働いており、買い手市場であった。
「こちらで働きたいんだが、親方はいるかい?」