心の中に
長吉の死体を妙庵と鈴丸、卯之吉が囲む。鈴丸は少し緊張した顔をしている。
「ふーむ。これは肝の臓からくる血の病でござるな。間違っても石見銀山などではござらぬ」
妙庵が鈴丸に目配せをする。鈴丸の口元が微かに緩んだ。
石見銀山とは今の島根県にある銀山から産出された鉱物で精製された殺鼠剤のことで、当然、人を殺すだけの効果もあった。これを飲むと胃や食道は焼けただれ、吐血するのである。この時代、心中に用いられたことでも有名である。
聡明な皆さんは、いつ誰が長吉に、この石見銀山を飲ませたか、既におわかりのことと思う。
鈴丸がこの石見銀山を用いたのには理由があった。それは長吉がアルコールによる肝硬変を患っていたからに他ならない。
長吉の腹は腹水が溜まり、静脈が放射線状に浮き出ていた。これには肝硬変の末期症状である。
このような場合、食道静脈瘤を併発している場合が多く、それが破裂すれば、やはり吐血して死亡する。
つまり鈴丸は長吉の病を利用して、疑われないよう毒殺したのであった。
ただ妙庵が石見銀山を用いたことを見抜いたことは、鈴丸にとっても予想外であったが……。
「さて、あの子らの今後のことだが……」
鈴丸の横で妙庵が目を細めた。卯之吉は大八車に長吉の死体を乗せ、筵を掛けている。
「儂が引き取って医学の道を教え込もうと思うておるのだが……」
「それはようございますわ。死んだあの子らの両親も、草葉の陰で喜ぶでしょう」
鈴丸が微笑んだ。
「長吉のあの子らへの仕打ちは、それは酷いもんじゃった。今まで苦労した分、あの子らには幸せになってもらわんとな……」
卯之吉が神妙な面持ちで妙庵と鈴丸の元へ駆け寄ってきた。
「茂吉の姿が見当たらねえだ」
「何と、いつからじゃ?」
妙庵が血相を変えて尋ねた。
「先生さ、呼んできた時には、もういなかっただ」
「この山中でを一人で放浪するとは、死に向かうようなものじゃ。飢餓や怪我の心配はもとより、野犬の群れにでも襲われればひとたまりもない」
妙庵の顔つきが一層、深刻になる。
「おら、茂吉さ、探してくるだ」
そう言うや否や、卯之吉は小走りに駆け出した。
「ちょっと、待ちなさい!」
妙庵のその声も、卯之吉には届かなかった。苦楽を共にしてきた茂吉の存在は、卯の吉にとって、もはや本当の兄弟以上のものがあったのである。