心の中に
それを見た鈴丸は長吉の死期が近いことを見て取った。
だが長吉は死を間際にして男であった。その無骨な手を鈴丸に伸ばしたのである。
「やめてください……」
「いいじゃねえか。貸して減るもんじゃねえだろう。それにあんた、こんな山奥の裏街道を通ってくるなんざ、まともに世間を歩けない身なんだろ?」
長吉が鈴丸を抱き寄せた。ここで長吉を躱し、抹殺することくらい、鈴丸にとっては容易い。しかし今、鈴丸は大頭からの密命を帯びているのだ。些細な火種も大きな火事になることがある。
鈴丸は黙って、一旦は長吉に身を委ねた。
「ふふん、なかなか素直な娘じゃて……」
長吉の野蛮な手が鈴丸の形の良い乳房を揉む。そして常に酒臭い息を吐く唇が乳首を吸い立てる。
「くくく、こんな山奥に美しい娘が来るとは、またとない獲物じゃ……」
「ふふふ、お楽しみはお酒でも召し上がって、その後、ゆっくりとどうでしょうか? 夜はなごうございますわ」
「ちげえねえ」
下衆な笑いを浮かべた長吉は、手拭いを片手に岩風呂を後にした。それを見届けた鈴丸がニヤッと微笑んだ。
卯の吉と茂吉は家へ上がることも許されず、土間でゴザを引いて寝かされていた。食事はフスマダンゴのみである。
一方、鈴丸は長吉に酒の酌をしている。
「ぐはははは、やはり美女に注いでもらう酒が一番美味いわ!」
長吉が豪快に笑った。そして鈴丸の袖を引っ張る。
「ほれ、さっきの続きじゃ!」
その時、鈴丸の瞳が妖しく光った。
「むっ、うっ、うぐぅぅ……!」
長吉が胸を掻き毟り、苦しそうに倒れる。
「ぐっ、がはぁーっ!」
そして大量の吐血をし、七転八倒し始めたのである。長吉の異変に気付いた卯之吉が駆けつける。
「一体、どうしただ!」
長吉の元へ駆け寄ろうとする卯之吉と茂吉を鈴丸が制止した。
「もう手遅れよ。この男は肝の臓の病に侵されている。それも末期症状よ」
長吉は何度も何度も胸を掻き毟ったかと思うと、だらしなく手を投げ出し、動かなくなった。目は大きく見開かれ、虚ろに宙を眺めていた。
「お医者様を……」
「明日の朝でいいわ」
うろたえる卯之吉と茂吉の肩に鈴丸が優しく手を添える。
翌朝になって卯之吉に呼ばれた町医者がやってきた。この町医者は高原妙庵といい、評判の良い医者だった。