心の中に
鈴丸は思わず格子窓から外を覗く。するとそこには、年端も行かぬ痩せた男の子が二人、長吉に足蹴にされていた。
その横には薪の束が五つほど転がっている。これをいっぺんに持てというほうが理不尽なことは明白である。大人でも抱えきれる量ではない。
長吉は薪を一本、手に持つと、茂吉と呼ばれる男の子を打ち据えた。何度も、何度も執拗に打ち据える。
このようなことは日常茶飯事なのだろうか。茂吉は悲鳴も発することなく、必死に長吉の暴虐に耐えている。
卯之吉は怯えた瞳で、その様を見ているだけだ。助けようにも、助けられないのだろう。下手に助太刀すれば、今度は自分が番だ。
「いいか、てめえらの両親がおっ死んだって言うんで、可哀想に思って俺が引き取ってやったんだ! 有り難えと思って働きやがれ! てめえらを裏山に埋めるのも俺の勝手なんだぜ!」
鈴丸の目に殺気が宿った。
卯之吉と茂吉はこの不入谷の湯治場で拾われ、腰を落ち着けようとしていたのだった。辛酸を嘗めながらも苦楽を共にしてきた、二人の間にはもはや本当の兄弟以上の感情が芽生えていた。
しかしながら、宿の主である長吉は二人を牛馬のようにこき使い、蔑んでいたのである。
その夜、鈴丸は乳白色の岩風呂に浸かりながら、卯之吉と茂吉と呼ばれていた男の子のことを思い出していた。
鈴丸の母親は小さいころ亡くなり、鈴丸は父親に育てられた。
家は庄屋の下人だった。鈴丸が六つの時、父親の不注意から庄屋の馬が死に、鈴丸は人買いに売られたのだ。
当時、牛馬は百姓の命の綱であり、時に人命より重んじられたのである。
その時の父親の無念そうな顔は、今でも鈴丸の脳裏にはっきりと焼き付いている。
鈴丸は別れ際に父親から貰った鈴を今でも音が鳴らぬようにし、大事に持ち歩いていた。
そして鈴丸が売られた先、それが伊賀の忍びの里だったのである。
鈴丸は二人の男の子の姿に、かつての自分を重ねていた。
鈴丸が湯に浸かりながら思い出に耽っていると、人の気配がした。
忍びは入浴中といえど武器は離さない。鈴丸は匕首を握った。
「姉さん、いい身体してやすねぇ……」
下品な笑いを浮かべて岩風呂に入ってきたのは、他ならぬ長吉であった。
長吉の腹には青い血管が放射線状に浮き出ている。
(長いことはないな……)