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知恵の実の毒

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 例えばチンパンジーなども図や簡単な文字の書かれたカードを使って言葉を教えることができるし、それを使って人と意志の疎通を交わすことも可能ではある。しかし、それはパターンの記憶であり、発話ができるわけでもなく、真に言語体系を理解できているとはいえないのである。
 とにかくリルブロの高い知能と言語能力は多くの人間の注目を浴びた。生物学や進化学だけでなく、生態行動学、社会学や言語学の分野でもリルブロの研究の進捗に期待の目が向けられる事になる。 
 リルブロが発見されて、15年後。リルブロの人工飼育や人工繁殖の技術の確立を待って、オーストリアの言語学者ハシュルムはリルブロの子どもを使ったある実験を始める。その実験はリルブロに人間の言葉を教え、そのリルブロを通してヒト以外の知性とのコンタクトを図ろうというものである。
 ハシュルムは手始めに、5つの表音文字と4つの表意文字によってすべてを表すベルコム言語という人工の言語体系を疑似的に構築。群から切り離した12匹のリルブロにこの言語をつかって人間の世界の言葉を教えていく。こうして自然界から引き離された人工の飼育は成功し、人間との完全な意志の疎通が可能な動物の育成に成功した。この時点で実験は大きな成果を達成するのだが、ハシュルムはさらに先の段階を目論んでいた。
 ハシュルムは言語をさらに改良し、サルの口腔や声帯でも発話可能な音声を付加。加えてベルコム言語を使うようになったリルブロ達の子供達をリルブロ発見の島の生態系によく似た島へと放逐。限りなく自然に近い状態で生きるリルブロ達の群を観察できるようにした。
 こうしてヒトの言語を持ちながらヒトの文化から離れたリルブロ達の観察が始まった。
 ハシュルムはそれから我慢強く、人の言葉を持ち、伝えるリルブロ達への干渉を行わなかった。行ったのは最低限の生存観察だけである。リルブロ達がヒトから文化や価値観を、見て、学び、感じ、覚える事がないようにだ。
 いかに言葉を扱うとは言えリルブロの知能がヒトを凌駕するわけではない。ヒトと同じ思考の目線に立ってしまったヒトの劣化コピーの知性体とコンタクトを取ることはハシュルムの目的ではなかったのだ。
 ヒトとリルブロの共有している知識や文化が単に扱う言語だけである状態に浄化されていくまで、リルブロの世代交代で4代、実に60年の時を要した。
作品名:知恵の実の毒 作家名:武倉悠樹