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知恵の実の毒

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 その間実験の陣頭指揮を担ったハシュルムは死んだ。リルブロ、すなわち自然の存在が語る言葉を聞くことはハシュルムには叶わなかった。
 その後ハシュルムの遺志を継いだ数人の研究者によって、実験は続けられ、60年の歳月を経てもう一度リルブロの捕獲が試みられた。
 実験島から捕獲したリルブロの数17頭。
 研究者の目論見が叶い、60年の歳月は彼らからヒトの影響をすっかり消していた。そして、肝心の言語である。リルブロの生態に関係ないボキャブラリーこそ失われていたが、彼らの扱う言葉は紛れもなくベルコム言語、すなわちヒトの言葉だった。実験は成功したのである。
 研究者達は、喜々として今のリルブロの扱う言葉を研究し、同時にリルブロ達へといくつかの単語を教えた。種を越えたコミュニケーションへの下地を整えるためだ。
 捕獲から3ヶ月後、初めて人類の側から質問が投げかけられた。
 その言葉はハシュルムがリルブロ達に最初に問おうとしていた言葉でもある。
 「なんのために生きているのか?」
 研究者たちは17頭のリルブロにそう問うた。
 ハシュルムは、ヒトという種が、言葉を操り突き詰めていく哲学でも、心を研ぎすませていく宗教でも、知恵を絞り続ける科学を以てしても未だに答えを見いだせぬ問いの答えを、種の向こう側に求めたのだ。
 もしかしたら、我々の概念では発想の出来ないような斬新な価値観をリルブロ達はもたらしてくれるかもしれない。ハシュルムはそう期待を抱いていたし、彼の遺志を継いだ研究者たちも同様だった。
 研究者が問いを投げ掛け、リルブロ達に思考の時間を与えた翌日。リルブロ達の檻は血の海と化していた。
 16頭のリルブロ達が互いに互いの首を噛みちぎり、集団で自殺を図ったのだ。
 研究者たちは動揺し、1頭だけ残されたリルブロに何があったのかを聞いた。
 その1頭の開かれた口から何が語られたのかはわからない。なぜなら、研究者たちが次々と死体となって発見される事態となり、詳細な記録が残されていないからである。
 その後ハシュルムの研究は担い手を失い消滅する。1頭だけ残されたリルブロはアメリカの研究施設に引き取られることはなったが、生涯言葉を話すことはなかったという。
作品名:知恵の実の毒 作家名:武倉悠樹