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狂い咲き乙女ロード~2nd エディション 愛ゆゑに人は奪ふ~

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 硬い握手を交わした後、僕は例のミニコミ部の部室へと案内されることになった。是非とも同士たちに僕を会わせておきたいという彼女の強い希望によるものである。しかし先を進む彼女の様子がどうもおかしい。数分前までの宗教狂人じみた気配は彼方へと消え去り、まるで普通の(オタクの)女の子に戻っていた。スキップに鼻歌というコンボを決めながら彼女は愉快そうに言った。
「いやー、最高にハイってやつね。歌の一つでも歌いたいような気分だわ」
 と、こんな調子である。まさか彼女は多重人格か何かなのかと勘繰ってしまうほどだ。ここいらでちょっとその辺をはっきりさせておかないといけないかもしれない。とりあえず僕は彼女を呼び止めた。
「ちょっと森さん」
「なーに?」
「いや、何と言うか…その…上手く言えないんだけどさ」
「はっきり言ってくれて全然構わないよ」
「じゃあ言うよ。さっきとキャラ変わってない?」
 思い切って言ってみた。しかし彼女は造作も無く、
「なんだ、そんなことぉ? あ、でもそうだね。初めての人は戸惑うかな」
「どういうこと?」
「私は演技的人間なのよ。キャラを作っていると言えばわかりやすいかしら。普段の私では所謂『リア充』に立ち向かうのは非常に困難なの。どうしてもニート予備軍であるということや、マイノリティーであるという精神的な負い目が原因となって上手く喋れなくなってしまうの。だから大一番の時というか、スイッチが入った時はどうしても芝居がかった口調になってしまうのよ」
 はい。この説明で納得出来る人は挙手をお願いします。誰もいませんね。正直よくわかりません。『リア充』って何? 僕もそれなのかな。でももう言及するのは止めておこう。面倒だしね。僕はとりあえず、
「あ、そうなんだ」
 と、ただそれだけの返事をしておいた。それからは黙って彼女の後をついて行った。
 渡り廊下を通って文化棟の中へ入る。ここには特別教室や文科系のクラブの部室が軒を連ねている所だ。ミニコミ部の部室は三階の一番奥にあった。
「ここが私たちのアジトよ」
 そう言って彼女がドアを開けた。軽く異様な光景が目に飛び込んできた。入った部室の中はとにかく汚かった。机の上には読み散らかされた本や紙コップが散乱し、所狭しと積まれたダンボールや本の山が幾つもそびえ立っている。窓はカーテンやポスターによって塞がれ室内はやけに薄暗い。本当に秘密結社のアジトのようだ。そんな穴倉のような部室に六人の女子生徒たちが待っていた。
「皆、新たな同士を紹介するわ! 彼が本山田武君よ」
 じろり。全員の視線が僕に集中する。あれ、歓迎されるんじゃなかったのか? 僕をそんな目で見ないでくれ。観察者の眼差しで見るのは止めてくれたまえ。
「この人が・・・」
「八番目の『薔薇』だと言うの…」
「ちょっとイメージと違うけど…」
「これはこれで…」
「ありかな…」
「ありでしょ!!!」
 彼女たちはそれぞれ勝手に囁きあっていたが、その一言がきっかけとなって質問の洪水が起こった。
「先輩が『攻め』だって本当ですか?」
「お相手はどんなタイプなんですか?」
「美少年系ですか? それとも筋肉系?」
「同性への恋を自覚したのは何時頃ですか?」
「正直どこまで発展したんですか?」
「アッー!」
 ココハドコ。ワタシハダレ。コノコタチハナニヲイッテイルノ。リカイフノウ。リカイフノウ。僕の脳がオーバーヒートを起こしかけた時、森さんが大声を上げた。
「お止めなさい! 何時から本山田君は聖徳太子になったのよ。それに彼はこっちの世界に来てからまだ日が浅いの。あんまりツッコんだ質問は慎みなさい」
 六者六様の返事が返ってきてようやく少しは静かになった。それでもまだ僕をチラチラ見ながら何事かを囁きあっている。
「まったく困った娘たちね。本当に自重しないんだから」
「あのー、彼女たちは一体…」
「あら、いけない。紹介が遅れたわ」
 そう言うとまたスイッチが入ったのか、ポケットから白手袋を出して身に付けると、大げさに両手を広げポーズを決めてから言った。
「ここに集ったのは選ばれし者、そして自ら選びし者たち。人は我らを『薔薇騎士』と呼ぶ。さぁ本山田君。君も今日からその一人となったのです。共にジャスティスのために戦いましょう」
「それじゃ全くわからないよ! 頼むからもっと僕にも理解出来るように言ってくれないかな、ホント」
 そう強く要望すると、彼女はまたもやれやれと言わんばかりの呆れ顔で言った。
「全く本山田君はニブチンだわね。つまりここにいる全員で君の恋を成就させようってことよ」
 ああ。そっか。『薔薇』ってそういうことね。そういう趣味の娘たちの集まりなのね。なるほど。だから同士か。ってちょっと待て! 確定なのか? もう僕はガチホモ確定なのか? まだ心の準備が――、しかし森さんは僕の心を読んだかのように言った。
「本山田君。今更裏切ろうとでも言うの?」
 ざわ…ざわ…
 そんな効果音がどこからか聞こえてきたと思ったら、どうやら他の六人が口で言っているようだ。奇妙なまでに抜群のチームワークを発揮していやがる。くそ、ここからが本当の地獄か。それにしても森さんの目がヤバい。何かが憑いたような、とにかく常人の目じゃない。
「わかってるでしょ?」
 そう言って一歩、また一歩僕の方に歩み寄って来る。瞬く間に壁際まで追い詰められてしまった。外野の『ざわ…ざわ…』が一層うるさくなった。
「か、隠し事ってな、なんだよ。僕はなにも」
「嘘だッ!」
「ひぃ」
 森さんが完全に違う人になっていた。演技がどうとかそういうチャチな話じゃない。きっと多重人格だ。間違いない。彼女の中には他にもたくさんの人格が潜んでいるに違いない。まぁそれはいい。とにかく誰か、本当に誰でもいいから助けてくれ。ここは、いや、こここそが地獄だ。煮えたぎる魔女の鍋の底の方がよっぽどマシだ。
「誤魔化しても無駄だよ? みーんな知ってるんだから。ってかそのつもりで来たんでしょ? じゃなきゃ私みたいなのにホイホイついて来るわけないしね。本山田君はもっと自分の欲望に素直にならなきゃ駄目よ。正直な話佐藤君のことを押し倒して滅茶苦茶にしたいでしょ? 縛って弄って辱めたりしたいんでしょ? 私たちはいろんな意味でその気持ちが痛いほどよくわかるわ」
 いろんな意味ってどんな意味だよ。そこんとこを詳しく問い詰めたいのは山々だけど、進んで地雷は踏みたくはない。僕は何も言わず続く言葉を待った。
「もう我慢する必要なんてないわ。だってここは薔薇たちが咲き誇る場所なんですもの。ロマンを追い求める旅人たちの楽園――それこそがこの場所なのよ。本山田君。最初から諦めてちゃ駄目。まだ試合は始まってさえいないわ。ここからよ。全てはここからなの」
 彼女の目は何時の間にか元の、いや、一人の戦士の目になっていた。確かに彼女たちの気持ちは有難い。しかし僕は本当に彼女たちの同士になれるのだろうか。その資格が僕にはあるのか? 様々な偏見や障害を乗り越え、それでも立ち向かう勇気が僕にはあるのか? でも、

――――僕は千秋のことが好きだ