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狂い咲き乙女ロード~2nd エディション 愛ゆゑに人は奪ふ~

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教室に入ってきたのはクラスメイトの森裕子だった。彼女は窓際の僕の席までやって来ると、夕日を背に満面の笑みを浮かべて言った。
「一人じゃないよっ!」
 そう言って親指をグッと立ててみせた。
 一人じゃないって一体何が?
 まさか僕を同士とでも言いたいのだろうか。そうだ。それに間違いない。確かに彼女もクラスで孤立していた。そして僕も明日から孤立するであろうことは明確だ。だが待てよ。きっとそれだけではないはずだ。あの満面の笑みの謎がまだ解けていない。何が彼女に僕を同士と思わせた?
 
 突然ですがここで少しキャラクター紹介。件の森裕子について簡単に御説明申し上げる。
 森裕子。十七歳。腐女子。ミニコミ部副部長。髪型は三つ編み。瓶底眼鏡着用。主な出没場所は池袋駅東口周辺。趣味は漫画・同人誌鑑賞、古本屋での立ち読みなど。部内では『薔薇騎士』と称され恐れられる。大雑把な紹介は以上。

 そうだ。すっかり忘れていた。彼女は学内最凶の反体制組織ミニコミ部のメンバーだったのだ。しかし僕はオタク趣味も革命的思想も持ち合わせてはいないぞ。それなのに何故?
 しかし彼女は何処かの怖い神父の如く眼鏡を光らせながら続けた。
「彷徨える罪無き若人よ。ここで出会ったのも何かの縁、いえ、神の導きに間違いありません。私はあなたを歓迎します。是非ミニコミ部にいらっしゃいな。同士たちがあなたを待っています」
 えっ、これってまさか新手のカルト宗教の勧誘?
 変わった人だとは聞いていたけどまさかここまで電波な人だったとは。関わるとなんか面倒なことになりそうだ。ここでなんとか誤解を解かないと。
「ちょっと待って下さい。森さん。あなたは何か誤解している。僕はオタクでも革命の闘士でもないんです。ただの平凡な高校生なんです。あなたもクラスメイトなんだからそれは知っているはずだ」
 僕は真摯かつ誠実に訴えた。しかし彼女は全く動じる様子も無い。
「本当にそうだと言い切れるのかね?」
「ど、どういうことだ」
 そう言うと彼女はやれやれと言わんばかりに肩をすくめ、たっぷりと溜めを利かせてから言った。
「佐藤千秋君のことが好きなくせに」
 そこか? そこなのか?
 ぬは。止めろ。止めてくれ。
「男の子が好きなくせに」
 お願いだ。もう聞きたくない。僕は死ぬんだ。今日家に帰ったら物置から練炭等を取り出して部屋中をガムテープで目張りしてから最後の宴を執り行うんだ。明日にはもう学校には来なくてもよくなるんだ。森さん。君が学校に来た時にはもう僕の机には適当な花が飾られているのだ。もうさよならなんだ。だから頼む。もうこれ以上傷口を抉らないでくれ。
「止めろッッッッッッォォォォォォォアァァァァァァ」
 僕が耳を塞ぎうずくまりながら叫び散らしても彼女は止めようとしない。
「そんな人間を普通とは呼ばんッ!」
 そうか。僕は普通じゃないのか。一般ピープルじゃないのか。
 じゃあ僕は一体何なんだ?
 僕自身の存在は、僕の進むべき道は一体――
「ですが案ずる必要はないのです」
 先程までの修羅の如き形相からうって変わって、まるで女神のような微笑を湛えて彼女は言った。
「私も、いえ、私たちもそうなのです。世間からの言われの無い差別や迫害、蔑視などに苦しんでいる者たちなのです。一人では耐え切れない痛みでも――、同士がいれば――、信頼できる同好の士がいればこそ戦うことが出来る。私はあなたにもそれを知って頂きたいのです。あなたは男でありながら少年を愛し、そして我々は女でありながら少年同士の愛を愛した。そこには僅かな違いこそは存在すれど目指す楽園は同じようなものなのです」
 そして彼女は右手を差し伸べてきた。
「さぁこの手をお取りなさい。共に行きましょう楽園への航海へ」
 信じてもよいのだろうか。
 この手を握り返してもよいのだろうか。
 恐らく、いや、間違いなくこの手を握り返してしまえばもう元の世界には戻って来れないだろう。
 だがその『元の世界』には一体何がある?
 単なる侮蔑と嘲笑に満ちた世界に何の未練がある?
 奴らは僕の千秋のへの気持ちを、そして(多分)プラトニックな愛を踏みにじった。ロードローラーが蟻を踏み潰すかのように、容易く、何の罪悪感も無しに!
 そんな連中とこれからも生きていかなければならないのか? 全く考えるだけで反吐が出る。
 もう僕は決めた。
 目の前にある扉、新世界への扉を僕は開く。
 そして僕は彼女の手を取った。
「森さん。僕はもう決めたよ。僕もどうやらそっち側の人間らしい。仲間に入れてくれないか」
 彼女は満足そうに頷きながら応えた。
「あなたならそう言ってくれると思っていました」
 こうして僕は新たな世界へと踏み出した。この出会いが偶然なのか必然なのかはわからない。この選択が正しいのかもわからない。
だが僕はもう振り返らない。たとえ茨の道であっても僕は進んでいく。