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カサゴ

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 こずえがリールを巻く。だが、それはすぐに巻けなくなってしまった。
「早速、根掛かりしたか……」
 功一が苦笑した。
「えー、これ、地球を釣っちゃったのぉ?」
 こずえが頬を膨らませ、むくれた。ビンビンと竿を煽っているが、一向に外れる気配はない。渡辺が寄ってきて、タオルを手に巻いた。そして、新素材の釣り糸を引っ張る。すると、糸がフッと緩んだ。根掛かりが外れたのだ。こずえがリールを巻く。
「あれ、軽くなっちゃった」
 巻き上げてみると、仕掛けは途中から見事に切れていた。功一が予備の仕掛けを用意する。途中で切れた仕掛けを外し、新しい仕掛けを付けた。そしてご丁寧に餌まで付けたのだ。
「お姫様釣りか?」
 周囲から笑いの声が漏れた。そんな和気藹々の釣りも仕立船ならではだ。
 気を入れなおしてこずえが仕掛けを海中に落とす。
「今日は潮が澄んでいるから、ちょっと食いが悪いかもしれないねぇ。ここは根掛かりが本当に多いんだよ」
 船長が操舵室から顔を覗かせ、ぼやくように言った。
「でも、カサゴはいるんでしょ?」
「ええ、ウジャウジャいますよ。問題は食ってくれるかだよ」
 こずえは竿先に神経を集中させ、仕掛けを浮かしたり、落としたりを繰り返している。功一も同様に、根をかわしながら釣っているようだ。
「おおっ、きた!」
 功一の竿が曲がった。功一は急いでリールを巻いた。早くしないとカサゴは根に潜ってしまうのだ。そうすると、なかなか出てはこない。
 功一が魚をゴボウ抜きにした。それは二十センチくらいのカサゴだった。
「やったね。一匹目ゲットじゃん」
 こずえが笑った。功一も照れたように笑う。
「岩と岩の窪みにいるみたいだね。ずっぽりと仕掛けが落ちるようなところがあったら、そこで少し仕掛けを止めてごらん」
 功一の助言どおり、仕掛けを操作するこずえ。すると、ストンと仕掛けが落ちる場所があった。根掛かりは覚悟の上で、こずえはそこに仕掛けを留める。するとどうだろう。すぐに竿先が震えた。ゴゴゴンと無骨なアタリが手元に伝わる。
「今度は本当にきたみたい!」
 こずえが急いでリールを巻いた。竿は絞り込まれている。赤い魚体が海中で光った。
「カサゴだ! デカイぞ!」
 功一が叫ぶ。こずえはカサゴをゴボウ抜きにした。釣られたカサゴは鰓を張り、威嚇しているかのように見えた。それは三十センチはあろうかという立派なカサゴだった。
「良い型だね」
 船長が操舵室からこずえの釣ったカサゴを眺めて言った。
「去年の夏に続いて、また、お刺身サイズを釣ったね」
 功一がこずえを誉め讃える。こずえはプライヤーを使い、自分でカサゴの口から針を外していた。そして、足元のバケツに放る。
「若い女性とはいえ、さすが経験者だ」
 渡辺が満足したような笑顔で言った。そう言う渡辺の竿先も絞り込まれている。渡辺が抜き上げたのは二十五センチほどの金色に光るメバルだった。メバルはアオイソメをがっぷりと咥えていた。
「ここはよくメバルも混じるよ」
 船長は上機嫌だ。凪の本牧沖は麗らかな時間を釣り人に提供していた。カサゴも入れ食いとまでいかないが、ポツポツと釣れている。
 こずえも功一も快調に数を伸ばしていた。時折、アオイソメを付けた上針にメバルが混じる。メバルも良いお土産だ。
「カサゴって、何となく愛着が湧くわ」
 カサゴを抜き上げたこずえが呟いた。
「そうだね。まるで俺たちみたいだ。臆病なくせに、いざとなると大胆な行動に出るところなんかさ……」
 功一もカサゴを抜き上げている。それも良型だ。
「ふっ、そうね……」
 こずえが相槌を打った。こずえはバケツの中のカサゴを愛しそうに眺めた。朝に食べたものだろうか。カサゴはカニや小魚を吐き出していた。そして、こずえはまた海中に仕掛けを落とす。
「今日は天気は良いし、凪だし、絶好の釣り日和だな」
 渡辺がカサゴを抜き上げながら、愉快そうに笑う。
「釣りはいいですね。日頃の憂さを晴らしてくれますよ」
 功一が竿先を眺めながら言った。
「何だ、リハビリ勤務でもう憂さが溜まったか?」
「あはははは……。やっぱ、課長の視線は気になりますね」
 功一が照れたように頭を掻いた。
 やがて潮止まりを迎えると、魚の食いは悪くなった。船長は本牧沖に見切りをつけ、移動を告げた。猿島沖に移動するという。
「どうですか。結構皆、お土産は釣ったでしょ。イシモチも狙ってみませんか? 今、イシモチも好調なんで……」
 船長が提案した。皆、一同に船長の提案を了承した。この時点で皆、カサゴは結構釣っていたのである。
「いやー、カサゴの味噌汁が楽しみだな」
 渡辺が恵比須顔でカサゴをバケツからクーラーに移す。
「味噌汁も美味いんですか?」
「ああ、最高だぞ」
 そんな会話をしていると、船は猿島沖を目指して、全速力で駆けだした。

 本牧から猿島までは時間にして三十分ちょっとくらいか。猿島の沖合いで船は旋回を始めた。そして、エンジンがスローダウンする。
「はい、水深六十メートルです。ちょっと深いけど、ここには結構、良型が群れていますから……」
 イシモチの餌はアオイソメである。上針にも下針にもアオイソメをチョン掛けにして垂らす。仕掛けはカサゴと同じものでよい。
 いきなり艫(船尾)の釣り人がイシモチを抜き上げた。銀色に光る鱗が眩しい。
 見とれていると、こずえの竿先が叩かれた。
「あー、ガクガクいってる」
「お嬢さん、まだだ。もっと食い込むまで待って!」
 こずえの竿先がグイと絞り込まれた。
「よし、今だ。リールを巻いて!」
 渡辺の助言は的確だ。こずえは魚の重みを感じていた。水深六十メートルの海底から魚を引き上げるには時間がかかる。こずえは必死にリールを巻いた。
 そんなこずえの様子を功一は愉快そうに眺めていたが、自分の竿にもアタリがやってきた。十分、針掛かりするのを待って、リールを巻きだす。
「おおっ、ダブルヒットか。今日はイシモチも機嫌がいいな」
 渡辺が羨ましそうに二人を眺めた。続いて上がるイシモチはどれも良型だ。
 功一はこずえの釣ったイシモチの鰓に鋏を入れ、血抜きの方法を教えてやった。イシモチはグウグウと鳴いた。
「これをすると、味が全然違うんだよ。釣った当日か翌日くらいなら、刺身でもいける」
「イシモチは傷みの早い魚だからね。刺身で食えるのは釣り人の特権だよ」
 渡辺が補足してくれた。鰓に鋏を入れられたイシモチはバケツの中で放血しながら、苦しそうにもがいた。そして、腹を上にしてバケツの中で浮いた。
「刺身にするにはもっと釣らないとな」
 功一が仕掛けを放った。こずえは放血するイシモチを眺めていた。
「何か、これって残酷。私、リストカットを思い出しちゃった」
「ん? こずえにはイシモチ釣りは良くないかい?」
「ううん。でも、楽しい」
 こずえも仕掛けを海中に落とす。水深があるので仕掛けの着底までには時間がかかる。だが、仕掛けが底に着けば、すぐ魚からの返事は返ってきた。
功一がイシモチを抜き上げる。こずえもリールを巻いている。こずえの釣り糸の先に付いている魚は赤い。
「タイか?」
作品名:カサゴ 作家名:栗原 峰幸