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カサゴ

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「行かせてやりなさい。でないと、後悔する結果になるかもしれん」
 そう言って功一の肩を持ってくれたのは父の鉄男であった。
「ありがとう。父さん……」
 功一は鉄男の瞳を見た。鉄男は無言で頷いた。
 功一は勢い良くアクセルを踏み込んだ。小豆色の軽自動車は夜の国道に向けて走っていった。
(間に合ってくれ!)
 新善波トンネルを過ぎると、テールランプの赤が幾つも続いていた。
「くそっ、渋滞か……!」
 そういえば、先ほども上り車線の渋滞を横目に見てきた功一である。
(それにしても、一体何があったと言うんだ……)
 功一は苛立ちを隠せずに、親指の爪を噛んだ。だが、渋滞は無情にも延々と続いていた。
 功一が東海大学病院に到着した時、喜久雄は既にICU(集中治療室)にいた。
「一体、何があったって言うんですか?」
 すると、こずえの母、昌子はうろたえた表情で、功一のところへ駆け寄ってきた。
「ああ、功一さん……。主人、くも膜下出血だって……」
「くも膜下出血?」
「造影剤を入れて検査をしたところなの。まだ脳の中の血管に動脈瘤が二つもあって手術をしなければならないらしいの……。ああ、こずえは入院中だし、私、どうしたらいいかわからなくって……」
 そこへ看護師が現れた。
「今、患者さんの意識が戻りました。ただし、危険な状態です。先生から家族の面会は刺激になるから避けるように言われています」
「そ、そんな……! 一目会うだけでもダメなんですか?」
 昌子が看護師に泣きついた。看護師は昌子に「落ち着いてください」と言うと、続けた。
「兎に角、患者さんは入院中の娘さんのことを心配されていますよ。手術については先生から説明を受けてください」
「ううっ、こずえの自殺未遂に続いて、主人までもが……」
 昌子の両目から滴が垂れていた。功一はただ呆然としていたが、もうすぐ義理の母になる女性をしっかりと支えねばと思い、固く拳を握った。

 翌日、頓服薬を飲んで通勤練習を終えた功一は、昌子を車に乗せてこずえの入院する病院に向かっていた。
「ああ、あの子に何て言おうかしら……」
 昌子の眉間には苦悩の皺が寄っていた。
「仕方ないですよ。こればかりは事実を伝えるしかないと思います」
「あの子、あれでも小さい頃はお父さんっ子だったのよ」
「そうだったんですか。まあ、私もフォローしますので……」
「あの子、功一さんだけが頼りみたいなところがあるから、私からもよろしくお願いするわ」
 昌子は功一の横で項垂れていた。功一とて、どんなフォローをこずえにして良いのかさえわからなかった。父が倒れ、危篤になったことを知ったこずえの反応は、果たしてどんなものだろうかと思う。小豆色の軽自動車の中には何ともやりきれない空気が充満していた。
 病院の駐車場に車を停め、功一と昌子は、ケースワーカーに付き添われ、こずえの入院している閉鎖病棟へと上がった。
「あら、珍しい。功一とお母さん、一緒に来たんだ」
 こずえが笑いながら功一と昌子を迎えてくれた。だが、二人の表情は沈痛の面持ちである。
「どうしたの?」
 こずえの顔に緊張が走った。
「こずえ、昨日、お父さんがくも膜下出血で倒れたんだよ。今、東海大学病院に入院しているの」
「えー、お父さんが……!」
 こずえは驚愕し、両手で口を覆った。
「それでね、脳の中に動脈瘤があって、それを取る脳外科手術を明日しなければならないのよ」
「そ、そんなぁ……。で、命に別状はないの?」
「先生の話だと成功率は半分位だって……。何せ症例も少なくて難しい手術なんですって」
「じゃあ、どうしてもその手術をしなければならないの?」
 こずえは昌子の肩に手を置き、激しく揺すっていた。
「動脈瘤がいつまた破裂するかわからないのよ。興奮させないために家族も面会禁止なの」
「ねえ、私を退院させて! すぐ、お父さんのところに連れて行って!」
 こずえが昌子に縋りついた。その目からは大粒の涙がボタボタと落ちている。昌子も不安で胸が一杯なのだろう。こずえを抱きしめながら、目を潤ませていた。そこへ看護師がやってきた。
「すみません、野原さんのお母様、先生がお呼びです」
 昌子はこずえからそっと離れると、小さく頷いた。
「功一さんはこの子の側についていてあげて頂戴」
「わかりました……」
 こずえは今度、功一の胸に飛び込む。

 功一は食堂の片隅で、こずえを抱きしめていた。こずえも不安なのだろう、肩が震えていた。
「あのね、うちのお父さんとお母さん、実は本当の親じゃないんだ……」
「えっ?」
「私は本当の親の顔を知らないの。産まれたては乳児院に預けられていたんだって……。お母さんは子どもを産めない身体だったのよ」
「そうだったのか……」
「物心ついた頃にはもう本当の親だと思っていたし、両親とも精一杯の愛情を私に注いでくれたわ」
「そうとも、君の立派なご両親だよ。よく『産みの親より育ての親』って言うじゃないか」
「でもね、高校に入学する時、初めて事実を知らされてね。ショックだったなぁ……。それでグレてね。親には随分と迷惑掛けたっけ。そして、アダルトビデオの世界へと入ったっていうわけ……」
 こずえが功一の瞳を見つめた。功一も真剣に見つめ返す。
「高校の時、本当の親を知りたいって言ったら、お父さんに怒られてね。それからかなぁ、お父さんと溝が深くなったのは……」
「そうだったのか……」
「でもね、やっぱり私には大切なお父さんなのよ。今だからわかるの。アダルトビデオに出演した私を一番心配してくれていたのは、お父さんだったんだなって。そのお父さんが倒れてお見舞いにも行けないなんて嫌」
「でも、君のお父さんは今、面会謝絶なんだ」
「せめて、手術の時くらい側にいたいの!」
「わかるよ。その気持ち……。今、お母さんが先生に呼ばれたから、もしかしたら退院の話が出るかもしれない……」
 功一の目を真っ直ぐに見つめていたこずえが、力強く頷いた。それは父への思いの強さを表していた。

 程なくして、昌子が帰ってきた。こずえが昌子の元に駆け寄った。
「お母さん、私、退院できるの?」
 だが、昌子は首を横に振った。
「入院形態が変わるの。今までの措置入院から医療保護入院というのに変わるらしいわ」
「あ、それ知っています。保護者の同意で入院するやつですよね」
 功一が言った。昌子は頷く。
「措置入院とどう違うの?」
 不安げな瞳を震わせながら尋ねた。
「あなたが秦野の病院に入院した時も医療保護入院だったのよ。先生は開放病棟に移って、外出や外泊も許可するって……」
 昌子が微笑んだ。こずえの顔に安堵の表情がともる。功一は「よかったね」と言って、こずえの肩にポンと手を置いた。
「じゃあ、お父さんの手術にも付き添えるのね? 今後、お見舞いに行くこともできるのね?」
「大丈夫だと思うわよ」
「よかったぁ……!」
 こずえが昌子の胸に飛び込んだ。功一はその姿を見て思った。やはり昌子、こずえ親子の間には、親子の深い絆があるのだと。
「早速、病院に外出の許可を取らないとね」
 功一が笑った。
作品名:カサゴ 作家名:栗原 峰幸