小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

り狐:狐鬼番外編

INDEX|16ページ/19ページ|

次のページ前のページ
 

芒が原



彼(あ)れは何
彼(あ)れは何だ

彼(あ)れは

一歩、足を踏み出す
少女の前屈む肩を迎えに来た、若旦那の手が掴み止める

「らん、俥に戻ろう」

頷くも、顔を向ける気配が無い
少女の眼差しは目の前の、彼(あ)れに囚われていた

秋風に揺れる、芒の穂先
穂先と穂先の合間に、毛皮の褪せた「狐」が佇んでいる

何処と無く老いた
何処と無く懐かしい

私は、此の姿を見ている
私は、此の姿を覚えている

彼(あ)れは

天を仰ぎ見る、「狐」の遠吠えが鳴り渡った瞬間
少女が芒が原へと駆け出す

「!!らん!!」

当然、狼狽える若旦那が腕を伸ばすが少女の姿は、遠い先だ

馬鹿な

今の今迄、直ぐ傍らに居たのに

訳が分からず、頭を振る
其れでも追い掛け、羽織の袖に手が届くも

振り向く少女が、一言

「嘘吐き」

と、吐き捨てた

若旦那から逃れる様に身体を翻しながら、続ける

「「社」を直す、と約束してくれたのに」

「嘘吐き」
「嘘吐き」

「嘘、」

何(ど)れ程、愛愛しいと思う
其れでも堪え切れずに少女の頬を引っ叩く

「!!私を粗末にするな!!」

若旦那らしからぬ、声を荒げるも直ぐ様
少女の顔を抱え込み、其の頬に唇を寄せる

痺れる様な、熱が引けば良い

何故、知られた
何故、「社」の件を知られた

知られた以上、致し方無い

繕う気も
隠す気も無い

だが

繕う事が
隠す事がある

正直、妬いてしまった

彼(あ)の日、泣き腫らした瞼のまま
着の身着のまま、座敷に戻って来た少女の姿に
取る物も取り敢えず、「社」に駆け付けたのだと知った瞬間

「社」の存在に妬いてしまった

「済まない」
「済まない、らん」

自分自身、「何」に対して詫びているのか、分からない

「罰(ばち)」に対してか
「嘘」に対してか

「御前」に対してか

「私は、御前が大事で大切だ」

「御前」も
「私」と同じであって欲しい、と思うのは図図しいのか

身の丈に合う
此の世の「モノ」は、もう充分だ

彼(あ)の世の「モノ」を手に入れたい

「馬鹿な」と、若旦那の口元が笑みで歪む

目の前の少女は
目の前の少女は確かに「生身」の人間だ

何故に恐ろしい程、魅かれる

「「社」等、如何でも良い」

「社」では無い
彼(あ)れは、「社」では無い

何と言っていた?
少女の言葉を思い出す、若旦那が吹き出す

可笑しくて
可笑しくて

然うして、言わずには居られない

「「狐」等、如何でも良いだろう」

途端、抱えていた巾着を
若旦那に押し付ける少女が駆け出す

本来の、「冽」が戻ったのか
然程、慌てる風も無く、其の背中を若旦那が追い掛ける

所詮、子どもだ
大の大人の、自分から逃げ切れる訳が無い

暫(ようや)くして、気が付いた
如何にも斯うにも目の前を畝(うね)る、芒が邪魔をする

此の手で、掻き分けても掻き分けても
此の手で、掻き分ける事の出来ない芒が目の前を阻む

白昼夢の如き、感覚

追い付く所か
追い付けない程に遠ざかる
少女の後ろ姿を凝望しながら、若旦那は舌を鳴らす

「誰が、渡すものか」
「誰が、「狐」等に渡すものか」

「彼(あ)れは、私も「モノだ」
「彼(あ)れは、私だけも「モノ」だ」

足元が覚束無い
息も絶え絶え、吐き出す若旦那の声に応える「声」がある

「彼(あ)の娘は諦めるんだな、若旦那」

其れこそ鬼の形相で「声」の主を振り返れば
芒の穂先の合間、手杖を突いた老人が佇んでいた

然うして笑みを深くする老人の咽喉から「獣」の、甲高い声が上がる

其の、「声」を聞いた瞬間
西の夕焼けを映す、東の夕焼けに昇る「今宵の月」を眺めていた

「咄咄(おやおや)」

覚えの無い状況に口を衝く、驚きの言葉

手に持つ巾着を繁繁、見詰めるも心当たりが無い
女物の巾着だが仕方無く中身を確認するが矢張り、中身も女物だ

当然、薄気味悪くなり其の場に置いて行く事にする

何とも波立つ気持ちを落ち着かせる為
顎髭を撫でるも溜息を吐いた瞬間、思い出す

「俥」を待たせていた事
当夜の、「宿」に向かっていた事

だが

今、自分が芒が原の、ど真ん中に佇んでいる理由に見当が付かない

「小便、かな?」

等と無理矢理、納得して「小道」へと引き返す

自分を出迎える、俥夫の待ち倦ねた様子を見止めて
随分、待たせたのか、と申し訳無く思う

「済まないね」
「如何も腹の調子が良くなくてね」

何でも良い嘘で言い訳し、俥に乗り込むも
不思議そうな顔を向ける俥夫に、「いえあの、御連れ様は?」
と、訪ねられたが私は首を傾げる

「連れ」も何も自分は初めから「一人」の筈だが
と、言い掛けるも芒が原に置いて来た、女物の巾着が脳裏を過ぎる

「否否(いやいや)」と直ぐ様、頭を振って追い出す

「日が暮れるね、急いでおくれ」

「へい」

其れでも威勢の良い返事を返す
俥夫を余所に並びに広がる、芒が原に目を呉れる

何処迄も芒が畝(うね)る
何処迄も芒が穂先を垂れて、畝(うね)る

然うして、目の前に現れる

彼(あ)れは何だ
彼(あ)れは何て事は無い

彼(あ)れは、野の「狐」だ

作品名:り狐:狐鬼番外編 作家名:七星瓢虫