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り狐:狐鬼番外編

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「社」跡に、夕日影が射す
横たう、鳥居の貫に腰掛けたまま金狐は動けずにいる

黒焦げの、「社」
柱の半分目から見事、折れ倒れた鳥居

散散だ
散散だが、「悪くない」と思うのは往生際が悪いだろう

如何見ても悪い

項垂れる金狐を警戒しながらも
健気に足元に集う野鳥達は、其の様子に後ろ髪を引かれつつも
住処に戻る時機を伺っているのか、忙しない

「鳥目」とは言うが
実際、夜盲(やもう)なのは長鳴鳥(鶏)くらいだ

何とも可憐(いじら)しい野鳥達の様(さま)に金狐は口元を綻ばせ、促す

「帰れ」
「帰って、休め」

言下に羽搏(はばた)く
現金な、野鳥達の態度に即座に唇を尖らせる

「何だ」
「挨拶も無しか」

と、愚痴るも野鳥達に遅れる事数秒、背後の物音に気が付いた
不意を突かれた、と言って良い程、金狐は無防備だった

琥珀色の、御河童頭を靡かせ振り返れば
肩で息をする少女の姿があった

足取り重く、近付くも
足元に横たわる、鳥居を前に

振り仰ぐ、金狐の目前で歩みを止める

「二度と」
「二度と」

「声」にならない、言葉が雫となって頬を零れた

安易に聞き入れ
安易に受け入れた結果、無惨だ

然うして崩れる様に跪(ひざまず)く、少女の姿に苛苛したのか
其の顔を歪めて、金狐は前方へと向き直る

泣くな
泣くな

泣いた所で如何にもならない

己も
御前も

分かっている筈だ

「下」に逃げた所で
「上」が恋しい事に変わりは無い

父親が
母親が

弟が恋しい事に変わりは無い

何(ど)れ程、経ったのだろう
其れ程、経っていないのだろう

矗(すっく)と立ち上がる、頭上
今宵の月が浮かぶ

然(そ)して見上げる月が滲むのを誤魔化す為、吐き捨てる

「月が綺麗だ」

淡く引く、雲を従える今生の月は殊(こと)に煌煌しい
下等の、己の眼でも「綺麗」だと分かる

仰がないのは勿体無い
其れでも、涙目で仰ぐのは勿体無い

故に

「月が綺麗な間は、泣くな」

己の「声」は
御前の耳に届く事等、無い「声」だが言わせて欲しい

此の、「月」は

遠い昔
遠い末(すえ)を照らす、「月」だ

何処に居ようと
何時に居ようと

己を照らす
御前を照らす、「月」だ

「「願い事」を言って欲しい」
「御前の、「願い事」を言って欲しい」

「戯れ言だろうが世迷い言だろうが、此の己が聞いてやる」

夜風が、琥珀色の御河童頭を撫でる
月光が、琥珀色の双眸に瞬く

己の、「願い事」は叶わない

思わず鼻で笑った瞬間、其の背中に少女の声が響く

「此処に居たい」
「此処に、「貴方」と居たい」

「其れが私の、「願い事」です」

藍白色の着流しに身を包む、人影が振り返る

琥珀色の、御河童頭
琥珀色の、狐目

青く、透き通る白い肌
其の美しい顔は、此の世の枠の外

ゆっくりと立ち上がる少女の、紫黒色の目に映り込む

暫し言葉を失くすも、少女は開口一番

「御年寄りの、狐様だと思っていました」

目の前の、人間離れした風貌よりも
何処迄も幼気(いたいけ)ない姿形に申し訳無さそうに、付け足す

「湯通しした「油揚げ」は美味しく無かったでしょう?」

案の定、金狐は何も言わない
「沈黙が答えだ」等と宣うつもりも無く、涼し気な視線を向けるが
少女は堪らず、頭を下げる

「!!御免なさい!!」

当然、眉を顰める金狐が正す

「謝らなくて良い」

其れでも落ち込んでいるのか
怖ず怖ずと顔を上げる、少女を眺めつつ金狐は考える

望むが望むまいが
稀に容易く、此方側を覗き込める人間が居る

其の類なのか、と思い至る金狐を余所に
自棄糞(やけくそ)気味に夜空を見上げる、少女が思い出したのか

「月は「ずっと」綺麗です」

「月が綺麗な間は、泣くな」と、貴方は言った

「だから私、「ずっと」泣きません」

其れは可能なのか
其れは不可能なのか

如何でも良い

唯、貴方を信じたい
唯、貴方の言葉を信じたい

「戯れ言だろうが世迷い言だろうが、此の己が聞いてやる」

此の、貴方の言葉を信じる

斯(こ)うして、月を仰ぐ
其の顔を金狐に向ける少女が、にかっと笑う

其れは其れは
悪戯に笑うので、釣られた金狐も笑みを浮かべる

「「り狐(こ)」だ」

「え?」

「己の名は、「り狐(こ)」だ」

「神狐(しんこ)」である、金狐の自己紹介に仰天すると同時に
今の今迄、普通に会話していた事に吃驚(びっくり)する少女に構う事無く
更に、目の前の「神狐(しんこ)」は信じられない事を口にする

「良ければ己に、御前の名を呉れないか?」

「え?」

「御前の、名が知りたい」

其れだけで充分
其れだけで多分、充分

琥珀色の眼を伏せる、金狐と向かい合う
少女は少女で現在進行形で進行する、此の出来事が
「現実」だと、思えなくなってきた

「幻覚」だと言われた方が未だ、腑に落ちる

「神狐」が、人間に興味を持つのか
「神狐」が、人間に関心を持つのか

其れでも尋ねられた以上、呉れない道理が無い

「「らん」」
「私の名前は、「らん」です」

少女自身、全く意識していなかったが
色色、思案していた時間は金狐には途方も無く長かった様で

当然、断られる選択肢が有った中で
半ば諦め掛けていたが、少女の応えに伏せた眼を細めた

「「らん」、良い名だ」

「「らん」」
「「らん」」

沁み沁み、名前を呼ぶ
金狐の前で含羞む、少女の頬が仄かに染まる

其の、不自然にも赤味を帯びた
片方の頬に気が付いた金狐が、つっと手の平を置いた瞬間
少女が飛び上がる程、驚いた

此れは

「痛いか?」

脊髄反射で頭を振るが、不思議だ

「痛くない」

痛かったのに痛くない

「痛くないです」

不可思議な現象に
「此れぞ、神力」等と甚(いた)く、感動する少女が
後先考えず頬に置かれた金狐の手事、自分の手で抱え込む

今度は金狐が飛び上がる程、辟易(たじ)ろぐ番だ

感慨無量なのか

夢心地の表情を浮かべ、瞼を閉じる
剰え、手の平に頬擦りをし出す(おいおい)少女の行動に
金狐は生まれて初めて、「胸の高鳴り」を意識した

其れでも必死で抵抗する

何だ
何だ

此の気持ちは

駄目だ
駄目だ

此の気持ちは駄目だ

作品名:り狐:狐鬼番外編 作家名:七星瓢虫