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り狐:狐鬼番外編

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老狐



朝霧の間

何程、泣いたのか
気の毒な程、腫れた瞼を伏せ佇む少女が
木の根に集う、野鳥達に顔を向ける

「御免なさい」

多少、燻った木木を振り仰ぎ
詫びを述べるも如何にも耐え切れず、其の場に跪く

然うして項垂れれば紫黒色の髪が、解れて落ちる

見れば、着の身着のまま
髪を撫で付ける事無く、駆け付けたのだろう

其の、無礼に気が付いたのか

凍える手先で髪を整え、衿を正すも
色の無い、唇を噛む少女は今にも泣きそうな顔をしていた

恥じる事は無い

其れでも綺麗なのだ
其れでも其の、「命の珠」は綺麗なのだ

到頭、地べたに突っ伏す少女が強張る声を絞り出す

「御免なさい」

「何年、掛かろうと」
「喩え何年、掛かろうと元通りにします」

「如何か」

嗚咽が漏れる

「如何か、行かないで」

襤褸「社」の跡形、煤ける梁に腰掛け
少女の言葉を聞いていた金狐は、其の背中を見送りながら
冷やかし半分、吐く

「目論見が外れたな」

己(前回)の場合と言い
彼(あ)の娘(今回)の場合と言い

御前の「策」は何処迄も肩無しだな
抑、「策」を弄する事自体、向いてないんじゃないか

心做しか鼻で笑う、眼下
襤褸「社」の中に身を置く、老狐が徐に微笑む

分かっていた事だ
彼(あ)の娘が強(したた)かなのは、分かっていた事だ

此の「地」を放(ほう)るくらいならば
此の「社」を放(ほう)るくらいならば、端(はな)から女郎に等ならぬ

呻き声を零す、老狐の目頭が熱くなる

「手前勝手な、狐め」

此処に至り漸く、金狐の言葉が骨身に沁みた

「もう、無い」
「もう、思い残す事は無い」

何とか言葉にして、深く頭(こうべ)を垂れる

其の姿を見た瞬間から
其の名を呼んだ瞬間から分かっていた

何故か

目の前の、此の「神狐」は如何にも儘ならないと分かっていた

其れでも「社」に向かう、其の横顔に安堵したのも本心だ

此れで儂は救われる
此れで儂は救われると思ってしまった

其れは矢張り、見誤りでは無かった

儘ならずとも斯うして
此の「子狐」は、自分の「願い事」を叶えてくれた

何とも器用に
何とも不器用に

此の上無く、天晴(あっぱれ)だ

「野の狐と為(な)り、何処ぞへと行こう」

尚も頭(こうべ)を垂れたままの老狐に、金狐は居心地が悪い
其れでも、其の気持ちを汲まない道理は無い

「道理」
「道理か」

独り言ちるも老狐に聞こえたか如何か

本音を言えば、留まって欲しい

老狐を慕う、彼(あ)の娘の為に
老狐を慕う、彼(あ)の野鳥達の為に

だが、引き留めるのは無粋

然うして、梁に其の身を寝転がす金狐は琥珀色の眼を閉じる
軈て、眠りに落ちたのは言う迄も無い

作品名:り狐:狐鬼番外編 作家名:七星瓢虫