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八九三の女

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[一人前]



掲示板からやや離れた花壇からは
当然、会話は聞き取れないが男と叔母は親しげだ

「ホストのー、彼氏さーん?」

素っ頓狂な発音で宣う月見里君の意見に
小鳥遊君は手放しに同意出来ない
どうしても少女が口にした、「あの人」の影が頭の中を圧迫する

馬鹿馬鹿しい

強く一、二回、頭を振った切り小鳥遊君は俯く
月見里君には申し訳ないが男と叔母は年齢も近そうで
自分から見てもお似合いの二人に思える

思うが、遊園地での事を忘れた訳じゃない
月見里君と叔母はそれはそれはお似合いだった筈だ

視界の端で会場へと移動する人人を捉える小鳥遊君が言う

「俺達もそろそろ…」

卒業式同様
入場時間まで新入生は教室で待機していなくてはならない

月見里君は落胆するかも知れないが
彼が望んでいるような会話は今の小鳥遊君には出来そうにない

自分達は心の何処かでホスト風情を舐めていたと思う
女性を食い物にする屑に真っ当な自分達が負ける訳がない、と

世の中は表裏で出来ている
表と裏が必ずしも一体するとは限らない

稀に表だけ裏だけ、表も裏もない事がある
遠目に見た男がそう見えた

真っ当ではないにしろ
真っ当だけでは適う相手ではない、と思い知らされた気がする

言い訳だ
裏街の住人を目の当たりにしてビビっているだけだ
と、花壇に隠すように屈めていた身体を起こす小鳥遊君に次いで
立ち上がる月見里君は校舎とは逆の方向に石畳を蹴り上げる

言わずもがな正門脇に設置された喫煙所に向かうのだ

混乱しつつも、その後を追い掛けるが小鳥遊君は追い付けない
飄飄と見える月見里君の裏の部分
叔母への思いを動力源に桜並木の一本道を駆け抜ける

「叔母さんのー、彼氏さんですかー?」

一足先に喫煙所に乗り込んだ
月見里君は社長の姿を見止めると満面の笑みで
整える時間すら惜しいのか、息も絶え絶えに吐き捨てる

肩を大きく上下させる月見里君に居合わせた保護者達は
徒ならぬ状況を理解するも相手の社長の素性は一目瞭然だ
見て見ぬ振りを決め込むのは無理もない

余計な揉め事に嘴を突っ込んで
余計な恨みを買うのは誰だって御免だろう
未だ未だ表街と裏街には看過出来ない事情がある

それでも誰一人、立ち去ろうとしないのは善意なのだろう

善意に小さいも大きいもない、間違いも正しいもない
唯、それだけで価値があるのだ

咥え煙草で自分を見下ろす
社長の冷めた眼差しを覗き込む月見里君は
ホスト所か徒者ではない気配を察したが死なば諸共、引く気はない

やっとこさ追い付いた小鳥遊君が両手を両膝に置いて見守る

止められる相手なら自分は疾っくに止めてる
止められない相手だから自分は骨を拾うしかないんだ

「ホストって聞いてますが」
「叔母さんとの事、本気なんですか?」

ホストが客の女性を食い物にするのは当然の摂理だ
「恋は盲目」的な叔母が知らず知らずの内に餌食になっているのなら
救うのが自分の使命だと、至る月見里君はどんどん突き進む

自棄糞でもいい
真っ当な勝負に出た月見里君を小鳥遊君は応援する

「自分、叔母さんが好きなんで」
「本気じゃないんなら別れてもらえませんか?」

私利私欲も厚顔無恥も
純真無垢に変換出来るのは思春期の特権なのだろうか

女の特権
思春期の特権
じゃあ、俺の特権はなんだ

社長は咥えたまま火も点けずにいた煙草を灰皿に投げる

「俺はホストじゃねえ」
「叔母さんの彼氏さんでもねえ」

「え、そうなのー?」

途端、本来の月見里君に戻り気の抜けた声で返すも
今度は小鳥遊君が気が気でない

思わず月見里君を押し退けて社長と対峙する

「じゃあ、部田のなんなんですか?」

馬鹿馬鹿しい
叔母がいるんだ、叔父がいたって然るべきだろう

そう思うも
そう思わない自分がいる事に小鳥遊君は知らん振り出来ない

社長は此処にきて漸く
叔母の言った、「月見里君と小鳥遊君」の事を思い出す
何方が何方かは分からないが

そうして自分の視線を真っ向から受けても尚
食い下がるように立ち塞がる小鳥遊君ににやり、と笑い掛ける

「俺の女だ」
「興味を持つな」

俺の特権は精精、裏街の住人らしく生きる事だ

吐き捨てた社長は喫煙所を後にする
居合わせた保護者達も観劇し終えた客のように
一人、又一人と出て行く

残された小鳥遊君と月見里君は唯唯、立ち尽くす

「え…」
「歳の差、幾つよ…?」

叔母相手に恋に恋する、自分とは訳が違う

月見里君が消え入るような声で言ったかと思えば
次の瞬間、熱っぽく叫び出す

「滅茶苦茶カッコいいんだけどー!」

月見里君の殆、歪んだ感性は理解している
理解しているが自分には関係ないモノだと思っていたが
月見里君の意見に同意している自分に小鳥遊君は戸惑う

それでも中学生になったばかりの、糞餓鬼相手に
「俺の女だ」と、言い切った「あの人」はカッコいいと思ったし
小鳥遊君は両手の平で顔を拭う

「勝てる気がしない」

「マジ、ソレー」
「叔母さんの彼氏さんじゃなくてマジ、良かったー」

最早、他人事か
と、でも言いたそうな小鳥遊君の非難交じりの眼差しを受けて
月見里君はばつが悪いのか、曖昧に微笑む

いや、違う
未だ毛も生え揃っていない自分が
一人前のボーボー男に勝てないのは当たり前なんだ

勝負は一人前のボーボー男になった時、始まるんだ

「次は負けない」

勝つ為には自分を磨く必要がある
「あの人」に一人前の相手だと認められるように
部田に振り向いてもらえるように、一人前の男になる必要がある

「俺はボーボーになる」

意味不明な事を口走りながら
決意新たに最初の一歩を踏み出す小鳥遊君の背中を
月見里君は沁沁と、眺める

「うん、応援してるー」

もうずっと応援してるんだ
このままずっと応援したって構いやしない、と月見里君は思う

喩え、負け戦だろうともだ

作品名:八九三の女 作家名:七星瓢虫