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八九三の女

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[入学式]



校舎へと伸びる、桜並木の石畳
花弁舞う道を外れた、校庭の片隅
新入生の組発表が貼られた掲示板を小鳥遊君は眺めている

桜の木の下
卒業式の為体を胸に平常心を心掛け気負いせずに迎えた
入学式の今日、部田に告白する決意をする

の、前に
拝む事が出来なかった、部田の制服姿を存分に拝む

「小鳥遊と一緒ー」

傍らに陣取る月見里君が声を上げる
最早、驚く事もない
幼稚園は素より小学生時代も別別の組になったのは一年間だけだ
此処までくれば腐れ縁も立派だろう
と、感慨なく報告した幼馴染も同意見に違いない

自分達の事など、お構いなしに離れた場所で
雑談に花を咲かせる親同士にしても幼馴染なのだから
自分達の腐れ縁も到底、切れるものではないのだ
抑、切りたいとも思わない自分がいる

変態である、こいつの骨を拾うのは自分の役目だ
(かといって突き進まれても困るが)

問題は部田だ
折角、縮めた距離を延ばすような事態は避けたい
組が別別になるのは望ましくない

願うのなら同じ組でありたい

「部田も一緒ー」

思わず小鳥遊君は月見里君に顔を向ける
目線があった月見里君は掲示板を顎で指し示し、にかっと笑う
小鳥遊君は再度、掲示板を確認する

確かに、あった

流石に凹む
部田に関して出遅れた事は流石に、凹む
ネガティブ思考も相まって、その他諸諸に於いて敵わない気になる
言えば爽快に笑い飛ばされるだろうが、それはそれで痛切だ

「でー、肝心の叔母さんはー?」

幼馴染の悩みなど余所に月見里君は
掲示板前の群衆を掻い潜りながら周囲を見回す
釣られて小鳥遊君も背後を振り返るが
突然、その首元に腕を掛けられ物凄い勢いで引き摺られて行く

「んがあ?!」

藻掻くも余計、苦しくなると悟り
成すがまま校舎前の花壇の隅に引き込まれた小鳥遊君は
解放されると同時に若干、咳き込む

そうして文句の一つでも言おうとした瞬間
先に月見里君が吐き捨てる

「マジか」

幼馴染の妙に気に掛かる声に文句を言うのは諦めて
小鳥遊君は月見里君の視線の先を追う

掲示板近く、佇む部田と叔母さんを発見した
漆黒のフォーマルスーツ姿であるにも関わらず華やかさは失わない

そうして少女の姿を見た瞬間、小鳥遊君は息を呑む

念願である制服姿の少女を自らの目で拝んだというのに
刹那の感動すら喪失する程の衝撃が其処にはあった

「千はね~」
「一組、月見里君と小鳥遊君も一緒だよ~」

掲示板を指差しながら呑気に言う、叔母の言葉に
普段と変わらない濡羽色の背広姿で二人の背後に立つ社長が
襟元のタイを緩める

違うのは普段はしない、慣れないタイを締めている事だけだ
そうして徐に首を回す

学生なんだ、友達くらいいるだろう
自分等の頃とは違って表街の住人達が抱く裏街特有の印象も
大袈裟ではないにしろ、ある程度、緩和されているだろうし

全然、余裕でスルー出来る
筈もなく考えれば考える程、社長の頭が垂れる

唯、「君」と、呼ぶくらいなんだから相手は男なんだろう

社長の心の声が聞こえたのか
将又、余計な詮索をされるのが嫌だったのか
少女がぽつりと、言う

「友達、です」

ん、友達は分かる
何処までの友達なのか知りたい
と、社長は思い至る

「遊園地に行った?」

少女は何故か、返事をするでもなく頷いただけだった
社長も小さく頷いて後頭部を掻き揚げる

「なにか」に興味を持つ事は
知りたくもない「なにか」を知る羽目になる事もある

何者にも何物にも
興味を持たずに生きていくのは難しい
其れこそ振りは出来ても、なしには出来ないからだ

少女との距離を置くのが当然なのに、その距離を縮めた

抑、金貸し屋の自分が入学式に参列する事自体、間違いだ
卒業式同様、家で見送るつもりでいた自分に放った
叔母の揶揄う気満満の一言で事情が変わった

「え~、一緒に来ないの~?」

自分も叔母も冗談だと分かっていたのに

少女が否定も肯定もせずに
唯唯、静かに自分を見つめ続けるので根負けした結果
今、この場にいるのだ

だが慣れない事には変わりない
タイ同様、緩めただけでは物足りない
無意識に上着の内ポケットを弄るが、どうやら煙草は切れたらしい
大して吸わないのに社員やら客やらに勧めた結果か

「悪い、煙草あるか?」

「あるよ~」

掲示板横の会場案内図を身を屈め見ていた叔母は答えると
左手に掛けた手提げ鞄から箱煙草とライターを取り出す

差し出された煙草を眺め
女が好むには珍しい銘柄だ、と社長は思う

「客用か?」

「だよ~」
「あたし、吸わないも~ん」

ホステスという職業柄
香水では誤魔化せない煙草の匂いが付くのは致し方ない

叔母に頭を下げ受け取ると早速、一本、抜き取り口に咥えた
社長の、その行動に慌てた叔母が肘で突いて制止する

「ここで~?!」

「ん、そうか」と、社長は唇の端に咥えた煙草を抜く

此処は表街
何処も彼処も喫煙場所の裏街とは訳が違う

正門脇にご丁寧に設置されていた喫煙所を思い出し、踵を返す
後ろ姿に叔母が声を掛ける

「先に会場の、体育館に行ってるから~」

社長は「了解」と、言う代わりに右手を挙げた

作品名:八九三の女 作家名:七星瓢虫