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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導姫譚ヴァルハラ

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「ニホンは旧帝都エデンのもたらしてくれたロストテクノロジーによって復興を遂げた。〈ノアインパクト〉から一〇〇年目、そのハイテクノロジーの粋を集めてつくられた都市が魔都エデンなんだ。魔都エデンは復興の象徴として、そこで〈絶望の一〇〇年〉が明けたと言われている。科学技術面での復興の道筋が立ったと同時に、政府は国民総農民化計画を打ち出したんだ。それによってニホンは食料と科学の二本の柱で、時給自立のできる世界でもっとも裕福で優れた国になった。そうなってくると、貧困な海外からの移民も増え、国を脅かす大きな問題も増えてくる。政治的な問題や、治安の悪化、略奪や戦争、技術力などの海外流出を防ぐため、ニホンが取った政策が鎖国だったんだ」
 古代都市を滅ぼしたトキオ聖戦。
 その後、栄えた旧帝都エデン。
 〈ノアインパクト〉による世界崩壊。
 〈絶望の一〇〇〉年と呼ばれる時代が訪れる。
 旧帝都エデンの遺跡から発掘したテクノロジーで魔都エデンの建設。
 そして、豊かになったニホンは鎖国をした。
 ケイの感覚からすると、この村の百姓暮らし裕福とは思えない。決して貧困に喘いでいるとまでは思えないが、物で溢れていた世界で暮らしていたせいでそう思えてしまう。
 ほかの国の現状はどれほどまで酷いのか、ケイには想像できなかった。鎖国によって情報が規制されているのだから、ほかの国がこの国よりも裕福な可能性だってあるのだ。
 魔都エデン――そこはいったいどんなところなのだろうか?
 少なくとも、この国に大きな格差が存在していることは間違いない。
「今も鎖国って続いてるんですよね?」
 ケイが尋ねた。
「今が二四一一年だから二三五九を引くと、五〇年ほど続いていることになるのか」
「二四一一年っ!? そっか、今さら驚くことじゃないのか……でも、もしかして……」
「なんだい?」
「〈ノアインパクト〉とか、トキオ聖戦っていつのことなんですか?」
「〈ノアインパクト〉は二一〇〇年、トキオ聖戦は一九九九年のことだと云われているよ」
「マジで……一九九九年って……ただの偶然……それとも……」
 父親と話していることも忘れ、ケイは独り言をつぶやきながら考え込んでしまった。
 ケイはこの世界がいったいどこなのか、いくつかの可能性を考えていた。
 違う星である可能性。
 異世界である可能性。
 しかし、自分のいた世界との類似点も多く、なにより言語にも不自由していないことから、もっと有力だと考えついたのが――。
「未来」
 ケイは自分のいた世界のことを思い出した。
 夏休みがはじまる日に赤ペンで丸印をつけて心待ちにしていた。
 一九九九年七月二一日。
 その前日になにかが起きた。
 この世界の一九九九年以前の歴史がわかれば、重要な手がかりになるかもしれない。
「あのっ、トキオ聖戦以前の世界って、歴史とかなんかそういうのわかりませんか?」
「さあ、それ以前のことは……大きな町に行けばわかるかもしれないが、たとえば魔都エデンとか」
「魔都エデンにはどうやって?」
「まさか行く気じゃないだろうね?」
「行きます」
「やめておきなさい。規制が厳しくて、行っても中に入れてもらえないよ。下手をしたら投獄や殺される可能性だってある」
「そうですか……」
 と、言いながらも、ケイは腹を決めていた。
 魔都エデンに行って多くの情報を得る。
 それはもとの世界に還る方法の手がかりを、つかむことに繋がるかもしれない。
 ここはいったいどこなのか?
 それがわからなければ、還る方法を考える起点も定まらない。
 あぐらを掻いていた父親が腰を上げた。
「そろそろ夕食の準備をしよう」
「あたしも手伝います!」
「…………」
 急に父親は黙り込んでしまい、ケイの顔をじっと見つめた。けれど、その視線はケイではなく、遠いなにかを見つめているようで、とても悲しそうな表情をしていた。
 そして、父親は――。
「ありがとう」
 と、ひと言ささやいた。

 薄暗い部屋。
 天蓋ベッドのカーテンに映る影絵。
 長い髪の毛を振り乱し、狂い踊る人影がそこには映し出されていた。
「ヒヒッ……あううう……ああっ……きゃヒ……キャオオオオオ!」
 少女の声のようであるが、それはまるで魑魅魍魎の叫び。
 ドアが開き、部屋に光が差し込んだ。
 逆光を浴びて部屋に入ってきたのは車椅子の人影。
 それを出迎えたのはメイド服の侍女だった。
「先ほどからあの調子で、鎮静剤も効きません」
「すっかりあの子も人外ね」
 真っ赤なルージュはそう言葉を紡ぎ出し、艶やかに笑った。
 車椅子の人影はおそらく女だ。
 真っ赤なドレスに身を包み、手袋やベールで素肌を隠す。ただ一箇所、見えているのはその真っ赤なルージュの口元。そして、この女には片脚がなかった。
 侍女が尋ねる。
「マダム・ヴィー様、都智治をどうなさいますか?」
「まずはこの目で様態を診ましょう」
 マダム・ヴィーは全自動車椅子を走らせ、天蓋ベッドに近付いた。
 カーテンが捲られた。
 はだけた法衣を着た一五、六の少女が、ベッドの上で跳ねて暴れ狂っている。その腕には手錠が嵌められ、ベッドの柱と繋がれていた。
「どうしたの、醜い醜いお姫様。今日も素敵な悪夢にうなされているかしら、うふふ」
 ルージュを微笑ませたマダム・ヴィーに、夜叉の形相をした少女が襲い掛かってきた。
「キェエエエエエエエッ!」
 ガシッ!
 手錠の鎖がピンと張られ、少女の鷲のような手は、真っ赤なベールの目の前で止まっていた。
 口元でしかその表情は伺えないが、マダム・ヴィーはまったく動じていない。
 むしろ愉しんでいる。
「あぁン、とても素敵な狂った表情。口から垂れた涎れを舐めてあげたいけれど、今舌を絡めたら喰い千切られそうね」
「イイッ……グイイイイイ……ひひひ……」
「明日(あす)は大事な公務があるわ。今日はぐっすりと夢も見ない眠りに墜ちなさい」
 ベッドの下から巨大な影が這い出てきた。
 それは人間の大人ほどもある真っ赤な巨大サソリだった。
 針のついた尾が振り下ろされる!
 眼を剥いた少女の腹に突き刺さった巨大サソリの毒針。
 毒の脅威よりも、これほどまで大きな尾だと、穿たれた傷口が致命傷になりそうだ。
 しかし、針が抜かれた少女の腹は、血こそ滲んだが、傷口はすぐに塞がってしまったのだ。
 少女は意識を失ってベッドに倒れた。
 先ほどとは打って変わって、夜叉の形相から聖人のような顔つきをしていた。
 安らかに眠る聖女ともいうべきか。
 マダム・ヴィーが車椅子を反転させ、この場から去ろうとしたとき、異変は起きた。
 ベッドからの気配。
 優雅にマダム・ヴィーは再び車椅子を反転させ振り返った。
 少女の躰が淡く黄金に輝き、足は宙に浮かんでいたのだ。
 すぐにマダム・ヴィーは察した。
「〈M神託〉……久しぶりね」
 そして、目をつぶったままの少女は、玲瓏な声音で御告げを詠みはじめたのだ。
「一九九九年、第七の月。空より恐怖の大王が至る。アンゴルモアの大王を蘇らせ、その前後、マルスは幸福な統治をするであろう」
 マダム・ヴィーはしばらく考え込んだ。