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『イザベラ・ポリーニの肖像』 改・補稿版《前編》

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3.ジェームズ・ウィリアムズ



>いつものところで一番どうだ?
『ザビエルズ』の絵画部門責任者、ジェームズ・ウィリアムズのスマホにメールが届いた。
『クリスチャンズンズ』のジョーンズからだ。
>いいね、こちらを出るのが6時頃になりそうだが
>ああ、それでかまわない

 『ザビエルズ』と『クリスチャンズ』と言えばライバル関係にある会社だ、それ故にウィリアムズとジョーンズは互いに駆け出しの頃から鉢合わせる機会も多かった。
 元々気が合う要素は互いに持っていたのだろう、それに加えて互いにチェスが趣味と知ると、両社の中間あたりにあるチェスクラブに入会して時折手合わせするようになった。
 チェスの方も実力伯仲で勝ったり負けたり、二人の実力はこのクラブでもトップレベル、『丁度良い』レベルの相手などそうはいない、二人はちょくちょく手合わせすることになった、そうなれば意気投合しない方がおかしい、互いにその単語を口にはしなくとも『親友』と認め合うようになった。
 
 オークション会社の取り分は売却価格に応じて率が決まっている、当然少しでも高く売った方が会社の実入りも多いのだが、オークションが不調に終わるのは避けなければならない。
 不調に終われば売主はオークション会社に不満を抱く、いや、不信感を抱くと言っても過言ではないかもしれない、数に限りがある大事なパイを失ってしまうことになる。
 売主にとってもオークションの不調は損失になる。
 不調に終わったとなれば、再度出品する時は前回のオークションで設定した価格より落とさなければならなくなるのは当然だが、一度値を下げた品は最初に出品された時の輝きを保てない、どうしても競り落としたいと言う興奮は冷め、買い手の側で値踏みが始まるのだ。
 その結果、『いくらの値が付いた』ではなく『いくらの値しかつかなかった』と言う評価が固定してしまい、転売しようとした時は購入した価格より上がることはない、その品に惚れ込んで落札しようとする買い手ならともかく、投機を念頭に置いた買い手は手を出さなくなるのだ。

 もちろん、親友同士であっても絵画部門の責任者と言う立場に変わりはない、一枚でも多くの絵を少しでも高く売ることが会社の利益になるし、依頼主の信頼を得られれば次も依頼される可能性が高い、そこに妥協はない。
 二人の間で予定落札価格に関する取り決めもしない、そんなことが発覚すれば信用を失うことになる、それゆえに二人はチェスクラブ以外で会うことも避けている、余計な憶測を呼ばないためだ、チェスクラブでならば二人の素性も知られている、その上でおおっぴらに会い、対局するのだ、そこに憶測が介入する隙はない。
 しかし、二人の間では阿吽の呼吸とも言うべきものが存在する、盤面を通して会話することができるのだ。
 オークション会社と言うものは自ら焼いたパイを売るのではない、人様のパイを売って利益を得るのだ、そして極上のパイは数に限りがある、無暗に奪い合うよりも分け合った方が良い場合もある、チェス盤上での会話、それは互いの会社のためにもなっているのだ。


 ジョーンズからメールを受け取った時、ウィリアムズはピンと来た。
『イザベラ・ポリーニの肖像』だな、と。
 ウィリアムズもジョーンズのすぐ後、パオロに招かれてその絵画を目にしていた。
 そして同じように無理難題とも言える要求を突き付けられて諦めざるを得ないと考えていたのだ。
 だが、『幻の絵画』を自分の手で扱いたい、世に出したいと言う思いは今でも強い、おそらくジョーンズも同じ思いなのだろう……。

「やあ、待たせたかな?」
「いや、私も今来たところだ、さっそく指すかい?」
「ああ、そうしよう」

 ウィリアムズの外見はジョーンズとはだいぶ違っている。
 短躯で小太りのジョーンズとは正反対、長身で痩躯なのだ。
 顔立ちも正反対、丸っこい顔に薄くなった頭髪、一見冴えない、だが人懐こい印象があるジョーンズに対して、ウィリアムズは細面で髪を律義なほどに撫でつけている、表情にも乏しく一見とっつきにくい堅物の印象がある。
 一方は親しみを感じさせることで信頼を得、もう一方はいかにも几帳面な印象を与えることで信頼を得ているのだ。
 ポリーニ家を訪れた際はジョーンズもブラックタイの正装だったが、今日は柔らかそうなツイードのジャケットにノータイ、普段のジョーンズはこんな服装を好む、もっとも良く見れば最高級の生地に丁寧な仕立てのジャケットなのだが。
 対してウィリアムズは普段から黒スーツにブラックタイ、くだけたパーティだと聞いても紺やグレーのスーツに柄物のタイを締めて行く程度、それがウィリアムズにとっての『くだけた』服装なのだ。
 
 そんな対照的な二人だが、チェス盤を挟めば実力伯仲、互いに真剣に指し、勝負は容易に決まらないのが常なのだが……。
「チェックメイト」
 しかし、今夜の一番はウィリアムズが終始リードを保って勝利した。
「君らしくないな、手に迷いを感じたよ、なにか気がかりなことがあるんじゃないか?」
「察しはついているだろう?」
「『イザベラ・ポリーニの肖像』だな?」
「ああ、君も招かれたんじゃないか?」
「ああ……素晴らしい作品だった、『幻の名画』の名にふさわしい、いや、その呼び名を上回る傑作だったよ」
「あんな絵は二度と出て来ないだろうな」
「おそらくな」
「手がけたいと思わないか?」
「思わないはずがないだろう? だが……」
「二億ユーロ、パオロは私に二億で売ってくれと言って来たよ」
「私にも同じ額を口にしたよ」
「だが……」
「プラッティの相場を考えれば一千万から二千万、だがあの絵は彼の作品の中でも最高傑作だろう、それを考慮して五千万、『幻の名画』と言う付加価値を考慮しても八千万……それでも落札されるかどうか……私には自信がないよ」
「私もまったく同じ金額が浮かんだよ、もっとも私は一億ならなんとか売れると踏んだが……」
「だが、その二倍ではな……諦めるより他はあるまい、『幻の名画』を手掛けてみたいのはやまやまだが……」
「ああ……だが、手がないわけじゃない」
「ほう? それはどんな?」
「私のところで数年前に売った子供の肖像画だがね、相場の二倍で売れた……可愛らしく描けていたがそれ以上のものではなかった、だが可哀想にその子は病気で亡くなり、その家に子供の幽霊が出ると言う噂が立った……そのことが値を吊り上げたんだ、ウチの保管庫にある間に絵から幽霊が出て来ると言うようなことはなかったがね」
「なるほど、私のところでもそんなことがあったな……」
「それはどんな?」
「ありきたりな風景画だよ、精緻な筆致で丁寧に描かれていたが名のある画家のものではなかったし別段目を惹くようなところもなかった、だがチャーチルの執務室にかけられていたと言う付加価値が値を三倍に吊り上げたんだ……つまり、付加価値を積み重ねようと言うわけか」
「どうだろう?」