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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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10. 織姫と彦星


 暖野は開きっ放しの扉を出て、リーウの後を追った。
「リーウ、待って!」
 二階への階段の踊り場でその姿を見つけ、呼び止める。
 リーウは一瞬足を止め、また駆け出そうとする。
「待ってよ!」
 暖野は駆け足で階段を降りる。制服の長いスカートに足を取られ、バランスを崩す。
「あっ」
 最後の一段を踏み外し、結局前のめりに倒れ込んだ。
 それを支えたのはリーウだった。
 とっさの判断で踵(きびす)を返し、体ごと暖野を受け止めてくれたのだ。
「もう、危ないじゃない!」
 リーウが言う。
「だって、リーウが……」
「二人の邪魔しちゃ悪いじゃない。ノンノだって、そう思ってたんじゃないの?」
「そんなことない。リーウが邪魔だとか、全然思ってない」
「嘘」
「嘘じゃないって。ただ、急だったからびっくりしただけなのよ」
「そりゃ……」
 リーウが目を逸らす。「仲良くやってるとこに来られたら困るもんね」
「だから、違うって」
 あまりに必死な暖野を見て、リーウは寂しそうに笑った。
「馬鹿ね。怒ってるんじゃないのよ」
「だったら、どうして?」
「ちょっと、動揺しちゃっただけ。ごめん」
 暖野の身体を引き起こしながら、リーウが言った。
「リーウ、私ね――」
「いいの。言っちゃいけないんでしょ? 私も、ノンノに退学になって欲しくない」
「……うん。有難う」
「あーあ、なんか色々心配して損した気分」
 妙にさばさばした感じでリーウが言う。「これじゃ私がまるで道化者みたいじゃない」
「あのね、それとは別の話なんだけど」
「何?」
「ちょっと、落ち着いて話せる所、あるかな?」
「彼の所に戻らなくていいの?」
「うん」
 暖野は頷く。「大丈夫」
「じゃあ、とっておきの場所があるわよ。行ってみる?」
 二人は揃って食堂へ向かった。
 そのとっておきの場所とは、もちろん食堂ではない。二人はそこで軽食と飲み物を調達して、校舎と研究棟の間の庭へと歩いた。
 そこにはかつて笛奈(ふえな)で見たような生垣に隠された四阿(あずまや)があった。違っているのは、四阿が大きな池に面していることだった。
「午後2時間の授業はなくなったからね」
 椅子に掛けて、リーウは言った。
「あの警報のことでね」
「多分。それしか考えられないし」
「そのうち、公式に発表されるはずだから」
 暖野は、フーマの嘘に合わせて言った。
「うん、誤報の件ね」
 容器の生クリームをかき分けながら、リーウが言う。「で、話したいことって何なの?」
「あのね……」
 自分で誘っておいて、暖野は言い淀む。
「フーマのこと?」
 暖野は黙って頷く。
「やっぱりね。逢引きしてたんだ」
「それは違うの!」
 急いで否定する。「でも……」
「でも、何?」
「……」
 肩を叩かれる。
「言っちゃいなよ」
「うん……あのね。……好きって――」
「言われたの?」
 暖野は頷いた。そのまま俯いてしまう。
「うそっ、あいつがそんなことするなんて信じられない! 本当に?」
「うん……」
「やったじゃん!」
 今度は思い切り背中を叩かれた。照れ隠しにアイスティーのカップに口をつけていた暖野は噎せ返った。
「ちょ、ちょっとぉ!」
「で、ノンノはどうなのよ? どう返事したの?」
「それが……」
「ああ、まだなんだ」
「うん……」
「ノンノはあいつのこと好きなの? どうなの?」
「嫌いじゃ……ない……かも」
「ふふん」
 リーウが鼻を鳴らす。「好きってことね」
「……分からない」
「そうかそうか、やっぱりね。さっき見た時、妙に何と言うか、阿吽(あうん)の呼吸みたいなのを感じたのよね」
「……」
「いいのよ。もう隠さなくて」
 リーウが真面目な顔になる。「ただ、後悔しないようにね」
「うん」
 そう、ここでの生活がいつまでも続くわけではない。それは望むと望まざるとに関わらず、終焉が約束された関係なのだ。
 リーウは知らない。暖野とフーマが時代を異にした同じ世界から来ていることを。そしてフーマは言っていた。もしかしたら暖野は記憶の繋がっていない他の世界からも転移している可能性があると。
「じゃあ、まだ返事してないんだ」
 リーウが言った。
「うん、何だか上手く言い出せなくて」
「って、やっぱ好きなんだ」
「あ……そうじゃなくて」
「見てたら分かるよ。ノンノ、ちょっとのぼせてるもの」
「うそ。そんなに?」
「バレてないと思ってたの?」
「……」
「好きって言われたときに即答すればよかったのに」
「そんなの、出来ないよ」
「言っちゃいな」
 リーウが言う。茶化すようではなく。「好きなら好きって、言っちゃいなよ。自分の気持ちを誤魔化すのはよくないよ」
「うん」
「頑張って。応援してるからさ」
「私、こんなのって初めてだから……」
「誰にだって初めてはあるものよ。それが無けりゃ、何も始まらないでしょ」
「うん」
 暖野は頷いた。「あ……」
「どうしたの?」
「戻される……」
 これまでには感じたことのない感覚が押し寄せてくる。
「戻されるって……?」
「ごめん、私――」
「ノンノ……わ……待って……一緒に……」
 リーウの声が遠のいて行く。
 こんなの、嫌よ――
 もっと、一緒にいたいのに――

 リーウ、フーマ――


 目は開けたままだった。
 眠ってなどいない。
 リーウと話している時に違和感に襲われ、いつの間にか引き戻されていた。
 自分の船室だった。テーブルのあるスペースの明かりが点いているため、部屋は真っ暗ではなかった。
 暖野は上体を起こす。
 船酔いの不快感は、今はもうない。
 それだけは、有難いことだった。
 ふと左の方を見ると、そこには眠っているトイがいた。脚を投げ出し、布団から完全に出てしまっている。
 暖野は笑みを漏らす。
 マルカに対して敵愾心を燃やしてはいても、所詮は子どもなのだ。暖野を守るつもりで忍び込んだのだろうが、眠りこけてしまっている。
 めくれ上がったシャツを直してやり、暖野は布団をそっと被せた。
 彼を起こさないようにベッドを出て、窓辺に寄る。
 船首灯火以外に灯りは見えない。黒々とした湖面には、ここからは見えない月明かりが反射している。陸の方にも町の明かりらしきものはなかった。
 この部屋には舷側に専用デッキがあった。暖野は外へ出る。
 疾駆する船の夜風は思いの外強く、そして冷たかった。
 暖野はデッキチェアに腰を下ろした。
 様々な思いが巡る。
 緊急警報のこと、訪れた危険のこと、そしてフーマの告白。
 今はもう、以前のように頭に血が上ったりするようなことはなかった。その代わりに、胸の裡に拡がる暖かさのようなものを感じていた。そして、打ち明けられた気持ちに対する責任感めいたものを。
 確かに、自分はフーマを嫌いではない。それが好きという感情なのかどうかはよく分からない。ただ、彼のことを考えると優しい気持ちになり、同時に胸が苦しくなる。
 これが、好きということなんだろうか――