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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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8. 和解と謝罪


「おやつ!」
 トイは目の前のものを見て、目を輝かせている。
 食糧庫を探していると、思っていた通りのクッキー類の箱が見つかった。他にジャムが載ったものやレーズンクッキーもあった。適当に皿に空けて、食堂へ運ぶ。茶葉は金属製の見慣れた容器があったので、それとすぐに分かった。
 マルカと暖野はレモンティー、トイにはホット・レモネードを用意する。
「いただきます」
 昼に教えた通りにトイが手を合わせる。暖野とマルカもそれに倣った。
「おいしい! こんなのがあるなんて知らなかった!」
 トイが感嘆の声を上げる。
 知らないのは当然かも知れなかった。もしかするとこれも、暖野が出したものかも知れないからだ。
 でも、ちょっと待って――
 暖野は統合科学院での話を思い出す。
 出来上がった食べ物を出す魔法は、どこかからそれを奪って来るのだということを。
 まさか、これまでの料理も全て誰かのための食事を横取りしていたのだろうか――
 それは違うと信じたい。それに、この世界では自分の想像がある程度の現実を生み出すはず。電車やこの船が、暖野が望んだがために他のどこかから転移してきたのだとすれば、安易に喜んではいられないことだった。そして、トイが一人である理由も自分に起因しているとは考えたくもない。
 全部ひとりで抱え込むな――
 その言葉が思い出される。それは暖野を最大限に励ましてくれるが、同時にこの上もない戸惑いを喚起するものだった。
 そう、私はこの全てに責任を負うことは出来ない。でも、目の前にいるこの子だけなら、少しは力になれるはず――
 無心にクッキーを食べているトイを見て、暖野は思った。
 いつしかトイとマルカは暖野には分からない話をしていた。船の機関についてのようだった。何はともあれ、仲良くはなってくれたようで、暖野は安心した。
 三人はその後食堂でほとんどの時間を過ごした。何故か意気投合したトイとマルカが主に話し、暖野はそれを見ているだけだったが。
 船内に灯りが点る。
 気づくと、夕方だった。
「私、ちょっと部屋に戻っていい?」
 まだメカニックな話をしている二人に暖野は言った。
「送りましょうか」
 マルカが言う。
「僕が行く!」
 トイも。
「いいから。一人で大丈夫だから、張り合わないで。ね?」
 せっかく仲良くしているのに、またいがみ合って欲しくない。
「トイ。ノンノは大丈夫ですよ。あの人は本当は私よりも強いんです」
 ちょっと、なに吹き込んでるのよ――!
 トイがびっくりしてるじゃない――!
 何かを察してしまったのか、トイが未知の恐れを抱いているのが見て取れる。
「トイ。おじさんはね、子どもを怖がらせるのが好きなのよ」
 これで、とりあえずは自分に対するあらぬ疑いは晴れるはずだった。あとは、マルカが大人の対応で何とかしてくれるだろう。
 縋るようなマルカの視線を背に、暖野は食堂を出た。
 部屋に戻ると、暖野は息をついた。
 子どもの相手は存外に疲れる。それにマルカでさえ、ここでは大きな子供のように見えてしまう。
 そんなに汗をかいたわけではないが、風に長く当ったりしたために髪が乾燥しているのが分かる。指を通すと引っかかって何本か抜けてしまった。それに機関室や石炭庫に行ったために服も幾らか煤けてしまっている。
 この船にもランドリー・サービスはあるのだろうかと、暖野は思う。それは試してみないと分からないことだった。
 とりあえずシャワーを浴びよう――
 暖野は浴室に入った。
 浴槽に湯を満たすと、船が思った以上に揺れているのが分かった。これまでと同じように湯を張ると、溢れてしまう。
 それを見ていると、気持ち悪くなって来そうだった。湖とは言えかなり広い上に、沖に出るとうねりもあるようだ。改めて揺れを意識させられると船酔いが誘発されそうになる。暖野は早々に浴室を出たのだった。
 一旦揺れを目に見える形で認識してしまうと、嫌でも気になる。ベッドに座りながら、酔い止めを持って来るべきだったと後悔した。
 ドアがノックされる。
 ふらつきながらドアを開けると、マルカとトイが立っていた。
「どうしたんです? 顔色が悪いですよ」
 マルカが言う。
「ちょっと気持ち悪くて。私、酔ったみたい」
 それを聞いて、トイが進み出てくる。
「お姉ちゃん、こっち来て」
 ベッドに案内される。「ここに寝て」
「うん。トイ、薬とかないの?」
「あったら今すぐ持って来るよ」
 それは、無いということだろう。「おじさん、バケツか何か持って来て」
 トイが指示する。
 マルカは部屋を出て行った。
「お姉ちゃん、大丈夫だよ。頭を上げちゃだめ。じっとしてて」
「うん」
 言われたとおりに仰向けになっていると、吐きそうな感じは和らいできた。
「どう?」
「ちょっと、良くなったみたい」
 だが姿勢を変えようとすると、再び気分が悪くなる。
「じっとしてて。動いたらだめだよ」
「うん、分かった」
 マルカがバケツを持って戻ってくる。
「吐きそうになったら、ここにして」
 それをベッド脇に置いてトイが言う。
 マルカが水で濡らしたタオルを額に当ててくれる。
 胃の辺りに強烈な違和感があるものの、二人の連携に暖野は感謝した。
「ありがとう。トイ、マルカ」
 暖野は言った。「私、このまま寝るから、二人は戻って」
「そういうわけにはいきません」
「お姉ちゃんと一緒にいる」
 二人が同時に言うのに、暖野は力なく笑った。
「トイは、私が船酔いだって知ってるのよね?」
「うん。僕が一番知ってる。だから一緒にいる」
「船酔いで死なないよ。寝たら良くなるのも知ってるものね」
 トイは何も言わない。
「マルカ」
「はい」
「そういうことなのよ。マルカは、私のこと分かってるでしょ? それにマルカも船に乗ったことがないから、睡眠不足になるとあなたも船酔いになるわよ」
「……分かりました」
 マルカは言った。「でも、助けが必要ならいつでも呼んでください」
「このバケツをガンガン叩いたら、すぐに来る!」
 暖野は笑った。
 心配げな表情のまま二人が出て行く。
 暖野はベッドに仰向けになって胃のむかつきに堪えた。吐いてしまえば楽になるのかも知れなかったが、それはどうしても嫌だった。
 繰り返し波のように襲い来る嘔吐感と、眩暈を伴う頭痛に悩まされながら、暖野は思った。早く眠ってしまいたい。
 早く楽に……
 違う、それは今じゃない――!
 昼の夢のフラッシュバックに襲われる。
 暖野はそのまま意識を失った。

  ※ ※ ※

「……起きろ」
 声が聞こえる。
 マルカ?
 トイ?
「――目を覚ませ」
 違う、これは……
「あなたは……」
 目の前にある顔が誰のものか分かって、暖野は椅子ごと転倒しそうになった。
「おい!」
「カ――カクラ君!」
 せっかく支えてもらったにも関わらず、今度は椅子ごと後ずさった。
 フーマが不機嫌そうな顔をする。
 まだ、いまいち状況が把握しきれていない。
 暖野は目線だけで周囲を窺った。
 ここは、どうやら図書館らしい。
 確か、船に乗っていてそれに酔って……
 それを思い出した途端、吐き気が襲って来る。
「大丈夫か!」