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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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13. 夜光草


 小川で顔を洗う。
 思い切り頭を振って水を払い飛ばす。それで幾らかは気分が晴れた。
 水の冷たさに刺激されてか、お腹が鳴る。
 思えば、今日は昼食を摂っていなかった。今更ながらに空腹を覚える暖野だった。
「マルカ」
 また寝そべっているマルカに、暖野は声をかける。「ご飯にしない?」
 時間にしては中途半端だった。日暮れまでは少々時間がある。夕食と言うにはまだ早い。
「そうですね。ちょっと、ゆっくりし過ぎました」
 マルカが起き出して、荷物を漁る。「食料も、もうあまりないですね」
「そうね。何とかしないと」
 言いつつも、どうやって何とかするのかは見当もつかない。
 食べられる草とか野イチゴみたいなのはないのかな――
 見渡してみるも、この世界の植物については何の知識もない。
 試しに近くの草をむしって、葉先を齧ってみた。
「にっが!」
 暖野は慌てて吐き出す。
 そこら辺に生えている草が食用に適しているなどという甘いことは、さすがにないようだ。
「ノンノ、何でも口に入れてはいけません」
 幼児を叱る親のような口調で、マルカが注意する。
「分かってるわよ。ちょっと、試してみただけ」
「そんなことをしなくても、草が食べたいなら探してみますよ」
 いや、食べたいわけじゃなくて――
「いらない。でもマルカ、あなたは食べられるかどうか区別がつくの?」
「一応は。美味しいかどうかは保証できませんが」
「じゃあ、さっきの草は?」
 マルカが、先ほど暖野が千切った葉を見る。次いで顔を近づけて匂いを嗅ぐ。
「食べられますよ、これ」
 顔を上げて、マルカが言う。
「うそ。ホントに?」
「ええ。ですが、薬草の一種ですから大量に食べるのは良くないでしょう」
「そんなことまで分かるの?」
「少し持って行きましょうか。これは胸やけや消化不良にいいはずです」
 マルカは草むらに分け入り、どれも同じように見える草を慎重に選り分けている。その仕草が犬のようで、暖野は笑ってしまう。
「どうかしましたか?」
 マルカが顔を上げる。
「ううん、何でもない」
「この根は滋養強壮にいいようです」
 根ごと掘り出した草を見せながら、マルカが言った。
 滋養強壮――
 ファイトォー! いっぱぁっつ! って――
 いや、ダメだダメだ。そんな状況にはなりたくない――
 下らぬ連想を、暖野は急いで消し去る。
 っていうか、ご飯――
 暖野はマルカの荷物から食料を取り出す。
 パンは、あと二日分ほどしか残っていない。あと、チーズとジャムが少々。茶葉だけはまだ余裕がある。
 他には――
 暖野は食料袋の奥に手を突っ込む。
 えーと、これは――
「……」
 取り出したそれを、暖野はまじまじと見つめる。
 こんなもの、いつの間に――
 シーフード・ヌードル。
 確かにそう書いてある。見間違えるはずもない。普通にスーパーで売っているものだ。
 まあ、いいか。
 あるものは、あるんだし――
 とりあえず今日はパンとチーズにしようと、暖野はカップ麺を荷物にしまった。日持ちのするものは後回しでいい。
「見てください、ノンノ。こんなに」
 マルカが自慢げに草の束を見せている。
「そんないっぱい、どうするのよ?」
「ついつい」
 マルカが照れ笑いする。
「いいけど、ご飯にするわよ」
 暖野はパンを切り分けながら言った。
「すみません。私がしないといけないのに」
「そんなこと、誰が決めたのよ。これくらい、私にだって出来るわ」
「そうですね。有難うございます」
 言いながら、マルカがパンを受け取る。
 谷は西に開けているため、明るい。
 食事の後、薪を探しに行くと言って、マルカは駅の方へ向かって行った。暖野も一緒に行くと言ったが、ゆっくりしていてくださいと断られてしまった。
 風は夕刻になって、強くなっている。強風というほどでもなく、少し強いくらい。
「あ!」
 暖野は思い出す。
 洗濯物が干しっ放しだった。
 干していたものは風に飛ばされることもなく、そこにあった。きちんと乾いているのを確かめて、暖野はそれらを回収した。
 布を広げた上で服をたたみ、リュックに仕舞う。
 マルカはまだ戻って来ない。
 谷の内側には木はほとんどない。遠くまで探しに行ったのかも知れなかった。
 もう食事も済んだのだし、無理に火を燃やす必要もないのに、と暖野は思った。
 谷を染める朱(あけ)が消えようとする頃になって、マルカは戻って来た。
「すみません。遅くなってしまって」
 一抱えの薪を下ろしながら、マルカが言った。
「思ったよりも探すのが大変で」
「なかったら、なかったらでいいのに」
「そうもいきません。今夜は風をしのぐこともできないですし」
「丸まってたらいいじゃない。それに、滋養強壮の草もあるんでしょ?」
「そういうわけにもいきませんよ。最初から薬をあてにしているようじゃ」
 マルカが言うには、この谷の近辺は生命力に溢れている分、枯れ枝などはほとんど無かったのだそうだ。それで、駅向こうの岬の方まで行っていたらしい。
「さすがに少し疲れました」
 マルカが腰を下ろす。
 彼が弱音を吐くのは珍しい。
「いま、お茶を入れるわね」
「すみません。今日は全部ノンノ任せで」
「いいのよ。いつも色々してもらってるんだから」
 ポットに茶葉を入れながら、暖野は言った。と――「ちょっと、どうしたのよ?」
 マルカが涙ぐんでいるのを見て、暖野は動揺した。
「いえ、何でもないんです。暖野があんまり優しいので……」
「それって、泣くこと?」
「そんなんじゃないんです。ちょっと、嬉しくてですね……」
「もう……」
 それって、私がいつも鬼みたいな感じじゃない。でも――「そんなに感激されたら、却って気持ち悪いわ」
「ですよね。すみません」
「はい」
 暖野はお茶のカップを彼に手渡す。「お砂糖は自分で入れてね」
 二人がお茶を啜っている間に、陽は水平線に落ちて行く。
 橙の谷は薄紫へ、そして紺へと色合いを変えて行った。
 西の空から昼の名残が消えてゆくに連れ、それまでは隠れていた星々が主張を始める。風は、陽が沈むと同時に止んでいた。
 それでも、ときおり微かに頬に感じる程度の風が吹いてくる。
 灯りと言えば、目の前の小さな炎だけだった。
 食事も済ませてしまったので、これと言ってすることもない。早めに寝もうにも、昼寝をしたために眠気もなかった。
 小さな焚火でもあるだけ頼もしいが、さりとて何かをするには明るさが足りない。揺れる炎を見つめながら、何を考えるでもなくぼんやりとする。
 だが、それも長くは続かない。
 夕方に浮かんだ疑念が再び首をもたげてくる。
 私がいなくても時間は流れるが、戻った時点でリセットされて、その先はパラレルワールドに――
 でも、戻ったその世界が……
 その世界が、以前と全く同じ連続したもののように見えても、それは本当に元いた世界なのだろうか――
 もしかしたら、自分が戻った方の世界こそがパラレルワールドで、本当の世界ではないのではないか――
 それなら、時間が停まっていると考えた方が、まだ分かり易い。