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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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「分かったわ。言いたくないなら、言わなくていい。いっぺんに色々知ったら大変だってこと、分かったから」
「すみません」
「いいのよ。マルカはマルカなりに、私のこと考えてくれてるんでしょ?」
「そう言ってもらえると、助かります」
「今日はゆっくりしましょ。ずっと動きっ放しだったし、一日くらいはいいじゃない」
「ええ、そうですね」
 広い谷の上、蒼天にちぎれ雲が流れて行く。
 花園に風が渡り、草々をさざめかせる。それが止むと、小川の水音が心地よく鼓膜を刺激する。
「ねえ、マルカ」
 暖野は訊いた。「私がここにいる間、私の世界では時間は過ぎてないのよね」
「そのようですね」
「いま、私が向こうに戻っても、向こうでは全然時間が過ぎてないのよね」
「そういうことになりますね」
「もし、私がこのまま帰れなかったら、私の世界の時間は停まったままなのかな?」
「……」
 これは、今まで思ってもみなかったことだった。自分がこの世界で何十年も過ごして、元の世界に戻ったら年寄りになってしまっていたとかは想像していた。だが、戻れなかった時のことまでは想定していなかった。
「私の世界の人たちは、私がここに来た時のままで、私がいなくなったことにも時間が停まったことにも気づかないということなの?」
「よく分かりません。私も申し訳ないですが、そこまでは思い至りませんでした」
「もし――、もしよ。その場合、私も私がいた世界も、最初からなかったことになるのと同じじゃないの?」
 これは、とても恐ろしい考えだった。話している暖野でさえ、こんなことを考えるのではなかったと後悔するほどに。暖野は続ける。「もしかして、最初からなかったことになる――時間を遡ってって、このことなのじゃないの?」
「それは、違うと思います」
 マルカがきっぱりと否定する。「上手く言えないのですが、それは、ノンノがその時間に合わせて帰っているだけで、向こうでは普通に時間は流れているはずです」
「じゃあ、私がいない間に流れた時間は?」
「リセットされるんじゃないでしょうか」
「リセット?」
「ええ。ノンノがこちらへ来てからも、向こうの世界では普通に時間は過ぎているはずです。それが何年であろうと。でも、ノンノが元の世界に戻った時、その世界はノンノの時間に合わせてリセットされるのではないかと」
「じゃあ、私がいない間に過ぎた時間はどうなるの?」
「あくまでも可能性なのですが、並行宇宙のひとつとして分岐するのかも知れません」
「パラレルワールドってことなの? でも、私が戻るまでは、その世界が正当な世界なのでしょう? 私が帰った途端に――」
 猫――!
 暖野の脳裏に、以前読んで不可思議な印象しかもたらさなかったことが浮かんだ。
 シュレーディンガーの猫!
 箱を開けるまでは、猫は生と死の両方の可能性としてだけ存在している。
 では、私が――
 私が、箱を開ける存在なの――?
 だから、私が鍵を託されたの――?
「ノンノ?」
「え? ああ……」
 暖野は我に返った。「ってことは、私が向こうに戻ろうが戻れまいが、向こうではちゃんと時間は流れてるってことね」
「おそらく、そうだと思います」
 宏美や家族、他の人たちの時間が自分のせいで永遠に停まるなどとは思いたくもなかった。たとえ嘘でも、そんなことはないと言ってくれるだけで有難かった。
「じゃあ、私が戻っても普通で……」
 そこまで言って、また戸惑う。「戻らなくても……」
 自分のいない世界が展開されてゆく。いわゆる神隠しのように。
 でも――
「だめだめ!」
 暖野は頬を両手で叩いた。
 考えたって仕方ないんだ――