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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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 読もうとせずに意識を凝らす。知らぬ間に、読もうとしてしまう。そもそも、読もうとせずに本を読むことなど出来るわけがない。
「無理!」
 暖野は本を開いたまま、仰向けに倒れ込む。
 時計と同じように、この本も持って行けたらいいのに、と暖野は思った。
 その夜はもう、リーウに会うことは出来なかった。

 翌朝、二人は少し早めに出発した。沙里葉を発って6日が経過している。持って来た食料も、そろそろ尽きかけていた。
 どうにかして食料を確保する必要があった。無くなってからでは遅い。
 沖の方を眺めやると、ただただ広漠たる水面が広がるばかり。こちら側の岸以外に陸地も島も見えない。海だと言われても、疑いはしないだろう。崖はどこまでも遠くまで続いているように見えた。
 こんな所に無理矢理にでも線路を通すということは、山の方はもっと険しいか、さもなくば相当に遠回りになるのだろう。
 列車と遭遇したからには必ずどこかへ通じていて、どれだけかかるかは不明だとしても安全に通れる保証を得たようなものだ。
 まさか、途中で崩れているということはあるまい。あとは、今日一日でここを抜け切れることを願うばかりだ。
 昨日の列車が沙里葉に着いてすぐに折り返したとしても、丸二日以上かかるだろうと、暖野は逆算した。それまでに町と駅を見つけられれば、列車に乗れるかも知れない。
 線路は湖面から10メートル以上は上を走っている。人が歩くことを想定していないため、路肩に手すりなどはない。
 陽が徐々に高くなってくる。
 振り返ると、灯台のあった岬はかなり遠くなっていた。頭上は、これまでにないほどに高い崖が、ほぼ垂直に切り立っている。
 嫌な感じ。早く通り抜けないと――
 暖野が歩調を速めた時、砂粒が降って来た。続いて大豆ほどの小石が落ちてくる。
「ごめん、マルカ!」
 暖野は駆け出した。
 今しがたまで二人がいた場所に、大量の砂が落ちてきた。まともに浴びたとしても大怪我こそしなかったろうが、砂まみれにはなっていたはずだ。
 でも、これはちょっと――
「戻るわよ」
 暖野は言って、砂に埋もれた場所まで引き返す。
「どうしたんです? せっかく難を逃れたのに」
 マルカが訊く。
「だって危ないじゃない。砂をどけるのよ」
「ああ、そういうことですか。でも、どうやって?」
 暖野は周囲を見回した。
 ちょうどいい具合の板切れがある。それも二つ。
 二人はそれで線路を覆った砂を崖下に払い落としていった。とりあえず二本のレールが見える程度にするのに、さほど時間はかからなかった。これで、脱線はしないだろう。
 暖野は額の汗を拭った。
「ノンノは真面目ですね」
 マルカが言う。
「真面目とかそういうのじゃなくて。昨日も迷惑かけてるんだし」
「それを、真面目と言うんですよ」
「ちょっと疲れた」
「そうですね。でも、ここでは……」
 線路の両側に余裕はない。列車は来ないだろうが、万一ということもある。
「もう少し行けば、何かあるわ。きっと」
 暖野は適当に言って、歩き始めた。
 どこまでも断崖を行く線路でも、トンネルや橋など、草原にいた時よりも変化だけは多い。
 小一時間ほど進んだ時、これまでよりはひと際長い橋が現れた。
 橋は緩くカーブを描きながら広い谷を渡り、その先はトンネルが見えている。
「見て。滝よ」
 暖野が指さす。
 谷の内側は一面の草原で、その中央を一筋の川が流れている。上流には滝が霧を生んでいるのが見えた。
 今まで見てきた中で、ここは一番生命力に満ちていた。
 休むには絶好の場所だ。
 いや、むしろここで泊まったっていい――
 暖野は思った。
 橋を渡った先から、道があるのが見える。
「あそこから降りられるみたいですね。行ってみましょうか」
「もちろんよ」
 橋を渡り終えたそこには、小さいながらも駅があった。本当に小さな駅で、電車一両分ほどしかなかった。ちょうど、笛奈へ行った夜に電車で連れて行かれた終着駅ほどの小駅だった。待合室もなく、橋とトンネルの間に無理に造ったような感じだ。
 二人は緩い坂道を下って行く。道と言っても登山道のような小径だった。
 この地形は、暖野も見たことがある。両側が急な崖になっているU字谷、カール地形だ。だが、これまで通って来たどこにも、そのような寒冷地を思わせるような雰囲気はなかった。
 しかし――
 谷の底近くまで達したとき、暖野は走り出していた。
「危ないですよ。足元に気をつけて――」
 マルカが制止する。
「見て! すごい!」
 高山植物のような花々が咲き誇る中、暖野は思い切り腕を広げて深呼吸した。特に甘い香りがするわけでもなかったが、新鮮な息吹がここには充ちている。
 沙里葉に来てから今までずっと、秋と黄昏と冬枯れのような世界だっただけに、この空間は気分を浮き立たせた。
 荷物を下ろすと、暖野はさらに駆けて行く。
 馬鹿みたい――
 そう思いながら。
 でも、誰もいないんだもん、いいじゃない――!
 花に囲まれ、笑いながらくるくると回る。
「ノンノ、気を確かに――」
 マルカが叫んでいる。
「大丈夫よ!」
 暖野は叫び返す。「私、いっぺんこんなの、やってみたかったのよ!」
 そう、山でお花畑に巡り合っても、そこに踏み込むことは出来ない。人が多すぎて自由に駆け回ることができないだけでなく、踏み荒らして花畑自体が損なわれてしまう。
 だが昔は――自然に対する人間の影響が微々たるものだった頃は、人は正直に心のままに自然と対していたはずだった。
 ひとしきり野原を満喫して、暖野は草むらに仰向けに倒れた。
「気持ちいい」
 空を見上げながら、暖野は言った。
「あまり心配させないでくださいよ」
 マルカが立ったまま、暖野を見下して言う。
「マルカも、やってみなさいよ。気持ちいから」
「私はいいです」
「いいから!」
 暖野はマルカの手を取って、引き倒す。
「痛いですって」
「見て」
 彼の言葉に構わず、暖野は言った。「絵みたいじゃない?」
 青空に、ちぎれた雲が形を変えてゆく。
「そうですね。確かに」
 マルカも、暖野の横に仰向けに寝そべって言う。
「あの雲の形って、今この瞬間だけにしかないのよね」
「ええ」
「何千年何万年、何億年で、この一瞬だけなんだよね」
「ええ」
「これって、奇跡だよね」
「そう……かも知れませんね」
「うん、絶対そう」