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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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4. 星空


 焚火を前にして、暖野はノートにペンを走らせていた。
「何をそんなに一所懸命に書いてるんです?」
「地図よ」
「地図?」
「そう。これまで通ってきたところの」
 そう言って、暖野はノートをマルカに見せた。「こんな風にね」
「なるほど。それはいい考えですね」
「あんまり役には立たないと思うけど、ないよりはマシだから」
 暖野の脇にはお茶の入ったカップがある。決して豪勢とは言えない夕食を摂って、寛いでいるところだ。
 二人がいるのは、保線小屋のような粗末な建物の前だった。
 残照も消え、暗く沈んでゆく草原の中に、それはまさに忽然と現れたのだった。遮るものなどないのだから、もっと早くにそれに気づいていてもおかしくはないはずだった。
 この小屋を発見したのは、百メートルほどに近づいてからだった。
 ポイントがあり、列車の行き違いが出来るようになっていた。いわゆる信号場というものだ。
 トロッコを側線の方に入れ、転轍機を元通り本線側にした。そんなことはないだろうが、列車が来ても邪魔にならないように。
 小屋には電気は無かったが、代わりにランプがあった。野宿する覚悟だった二人には、これは嬉しい発見だった。
 小屋には鍵は掛かっておらず、中にはシャベルやツルハシ、ハンマーなど雑多な物が置かれていた。床は板張りで、二人が横になって寝られる十分なスペースがあった。
 そうだ――
 暖野は思いついて、地図に連絡船の航路を書き足した。それから、航路上には船を、線路には電車を描く。それにしばらく見入ってから、リュックの中にノートを戻した。
 冒険初日は、これといった変化もなく終わった。これが果たして冒険と呼べるのかどうかは分からないが、かと言って別の言い方も思い浮かばない。
 放浪、かな――
 しっくりこないことには違いないが、この方が合っている気もする暖野だった。
「じゃあ、私は中にいるわね」
 暖野はリュックを持つと、小屋のドアを開けた。
「はい、おやすみなさい」
「まだ寝ないわよ」
「今日は疲れたでしょう。早く休んだ方がいいですよ」
「うん、ありがとう。マルカこそね」
 そう言ってドアを閉めかける。
「あ――」
 その手を止めて、暖野はマルカの方を向く。「もう、外で寝ちゃダメよ。ちゃんと中で寝るの。いい?」
「はい。分かりました」
 それを確認して、彼女はドアを閉めた。
 中は、ランプの光で明るい。電灯とは比較にならないが、広くもない屋内を照らすには十分だった。
 暖野は荷物の中から魔術の本を取り出す。
 何か役に立つようなことが書いてあるかも知れないと思ったからだ。
 携帯電話のライト機能は、幸い使用可能だった。壁に作り付けの棚にセットして、膝に置いた本を開く。
 文字は読めなくとも、表紙の色で“実践”の方を選んだ。本当は理論の方を先に修得すべきなのは分かっているが、まず概要だけでも掴めたらと考えたからだ。
 空を飛んだり、瞬間移動とか、そんなのはないのかしら――
 そう、図表とかで使えそうな魔法がないか見てみようというのだ。
 明かりを灯す魔法、火を出す魔法……挿絵でそれと分かるものもある。
 えーと、飛ぶやつ、飛ぶやつ……と――
 ページを繰ってゆく。
 傷を治す方法、雨に濡れない方法……
 何のためのものか判らないものも多いが、後になるほど難しい魔法になっているようだ。
 これは……透明になる魔法かな――
 まあ、それはこの世界では無用だろう。身を隠さなければならないことなど、なさそうだからだ。
 空飛ぶ魔法は、かなり最後の方のページにあった。それと前後して瞬間移動らしいものも見つかった。
 やっぱり難しいのか――
 少しがっかりする。
 それに、そもそもこの世界に魔法が実在したのかどうかも怪しい。
 魔術に関する本なら現実世界にも真贋問わず溢れているし、おまじないの本は彼女も持っている。だが、まじないというものは効果より反作用の方が大きいものだ。
 ――って。え――?
 反作用って、何――?
 効かないのは普通だけど――
 何故そういうことが思い浮かんだのか知らないが、何か他の本で読んだ知識なのだろうと、彼女は気にしないことにした。
 明日、マルカに魔法について訊いてみようと暖野は思った。
 時間はまだ早い。だが、マルカの言う通りに早めに寝た方がいいだろう。
 布団代わりの布にくるまると、彼女は横になった。

「――というように、それは幾層にも積み重なった入れ子細工のようなものなのです。しかしこの場合は、内側の階層に行くほど大きくなるという一見矛盾した構造を有しているわけですな――」
 前で、誰かが話している。
 ここは――講堂?
 いや、大学の講義室のようだ。
 でも、何の話をしているのだろう――?
「――であるからして」
 教師らしい人物が話を続ける。「簡単には内側の区画にはアクセスできないようになっているのです。人は、ほんの少しのことでも無意識から多大な影響を受けてしまいます。これは自我を守るための安全弁ともいえる機能なのです」
 どうも、心理学の授業のようだ。
 でも、どうして私がここにいるのだろう――
 暖野は不思議に思った。
 そうだ、また夢を見てるんだ。
「先生!」
 暖野の後ろで、男子生徒が声を上げた。暖野は驚いて振り向く。全く知らない男だった。
 って言うか、その服――!
 男子なのに、何でセーラー服――!?
 そうではない。よく見れば、色もスタイルも学生服らしくない。そして、自分も同じような服を着ていることに気づく。
 男子生徒が質問する。「それは、たとえ心理的抑圧がない状態でも危険なのでしょうか」
「そうですね。基本的に危険であると認識しておいた方がいいでしょう。その、君の言う抑圧がない状態というのは、あくまでも意識の側からの主観でしかない。前回話したように、心理的エネルギーは絶えず意識と無意識の間を循環しているものですが、意識側から無意識側への意識的アクセスは逆行状態になります。もし、それをより安全な方法でやるとしたら――」
 教師が言葉を切る。そして、暖野の方を見た。「君は、見かけない顔ですね。転入生ですか?」
「え? あ――、はい」
 突然聞かれて、しどろもどろになる。
「えーと、名前は――」
「高梨暖野といいます」
「ああ、そうか。ノンノ君か」
 よく分からないが、教師は納得したようだった。「それで、君は今の話をどう思いますか?」
 どう思うも何も、意識が無意識に意識して意識――って――?
「瞑想のことでしょうか?」
 混乱する頭をよそに、口が勝手に言葉を発していた。
「正解。やはり、君は優秀なようですね」
 教師が満足げに頷く。そして、教室全体に向かって話を続ける。「今、彼女が言ったように、無意識により安全にアクセスする方法としては――」
 私、ここで何をしているんだろう――
「……で、古典における……カール・ユングの…………
 制限時間を……修練を…………」
 意識が遠のいて行く。視界が白い霞みの中にフェイドアウトしてゆく。

 気がつくと、淡い光が目に入った。
 そうか、ここは――