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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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2. 旅立ちは如何にあるべき


「ノンノ、ここにいたのですか」
 マルカがサロンの入口に立っていた。
「うん。早く目が覚めたから、コーヒーでも飲もうと思って」
 暖野は努めて明るく言った。
「そうですか。すみません、待たせてしまったようで」
「そんなこと、気にしなくていいのよ。どうせ、もう急ぐ必要はないんでしょ?」
 申し訳なさそうにしているマルカに、彼女は言う。
「まあ、そう言ってもらえると助かります」
「朝ごはん、行く?」
 サロンには、壁に振り子時計が掛かっている。暖野はそれを見て言った。
 今朝は、食事に関して何も考えていない。この状態で何が出てくるのか楽しみでもあった。
 朝食は、あくまでも普通だった。
 目玉焼きとベーコン二切れ、トーストとサラダ、そして紅茶。
 普通過ぎて拍子抜けしてしまう。ただ、目玉焼きは彼女好みの超半熟だった。目玉焼きをトーストに載せて、滴りそうな黄身をこぼさないように食べる、これが彼女の好きな食べ方だった。
 マルカがそれを微笑ましく見ている。
「何よ」
 暖野が言う。
「ええ、その食べ方」
 暖野自身はそれには気づいていない。それに、黄身がこぼれるかどうかでその一日を占っていることにも。
「あ……」
 気を取られているうちに、パンの縁から黄身がこぼれ落ちてしまっていた。「もう! もったいないじゃない」
 意識上ではその程度のことなのだ。だが、それはトーストと目玉焼きが朝食であるときの儀式のようなものだった。
「もう……」
 暖野はパンの切れ端で器に落ちた黄身をきれいに拭いながら言った。
「ノンノは、ほんとにノンノですね」
 マルカが言う。
「当たり前じゃない。何言ってるのよ」
「ええ、そうですよね。ノンノはノンノに違いありません。何があっても……」
 勝手に感極まっているようなマルカに、暖野は戸惑うばかりだった。

 9時集合。
 べつに掛け声も取り決めも必要なかったが、とりあえずそういうことにした。
 二人はその少し前にレセプション前で落ち合った。
「では、行きますか」
 マルカが確認する。
 暖野は頷いた。
 ドアを開けると、その時間にしては眩しすぎるほどの光が二人の目を射った。
 さて、これからどうするかが問題だった。
 路面電車の終点はあの山の駅だと言うことは判った。
「駅に行ってみようと思うの」
 暖野は言った。
 初めて来たときには、駅には列車はなかった。だが、今は路面電車も走っている。もしかすると、何か変化があるかも知れないと思った。
 淡い期待を抱いて駅前に立つ。夕方と午前の違いはあるが、駅前の光景には変わったところは見られなかった。夕陽の代わりに、午前の陽射しに煌めく噴水の水だけが唯一違う点だった。
 暖野は駅へ入った。これまでとは違う、明るい陽射しの下にある駅に。
 構内には、やはり明かりはない。夕照の中の昏さとはまた違った雰囲気に包まれている。
 切符売り場にはやはり人はいない。それはもとより期待などしてはなかった。
 彼女はその上の路線図に目をやった。
 沙里葉を中心として広がる路線網。北方面、そして東と西。東へ向かう路線は途中で南へと別れているようだ。デフォルメされてはいるであろうが、そこまでは判った。
 改札口には、列車の発車順位や番線を示したものなど何もない。プラットホームにも、やはり列車はいなかった。
 やっぱり、ダメなのか――
 暖野は落胆した。
 列車があれば、それに乗ってどこかへ行けるだろうと思っていたからだ。
 一昨日、笛奈へ行った時に見た限りでは、この近辺にまともな町はなさそうだった。
 道はあるかも知れないが、どこにあるのかも分からない場所を探して歩くのはきついだろう。あの路面電車にしても、沙里葉から森の終点まで雨風をしのげるような場所はなかったのだから。
 とりあえず、ビバークするための装備は揃えてあるからいいものの、好んでそれをすることもない。
「電車は、やっぱりないのね……」
 暖野は言った。
「みたいですね」
「どうしよう。沙里葉から出るには、歩くしかないのかしら」
「そうですね……」
 マルカが考える顔をする。「港に行ってみませんか」
 そう、移動手段は何も鉄道だけとは限らない。初めてここへ来た時、マルカに港を案内してもらったことを思い出したのだった。
 港への道。それは暖野をここへ連れてきたバスが走り去った方角でもあった。どこをどうやってここへ来て、そして去って行ったのか、考えるだけ無駄と言うものだろう。ただ、バスはここへ来て、そして帰って行った。それだけなのだ。
 ここには、理由はあっても経緯はないのかもしれない、と暖野は思った。
 港に着く。
 あの、パラソルの並ぶ連絡船乗り場に。
 光の下で見る広場は、人の姿はないもののまだ明るい雰囲気があった。見ようによっては、たった今船が出たばかりにも見えるからだ。
 それでもテーブルを拭く店員も客を迎えようとする給仕もいない。暖野の見ている光景を言葉にするなら、それは開店前のストリートカフェのような感じだった。
 もとより、彼女たちはここで飲食するつもりなど毛頭ない。
 暖野は河の方へと向かった。
 それは、眼下に水面が見えた時から視界には入っていた。
 二人は渡し船乗り場の桟橋に降りていた。
「ねえ、これって……」
 暖野が、桟橋にあるものを指して言う。マルカは何も言わない。暖野も、それ以上のことを言うのが馬鹿らしくなっている。
 桟橋に横付けされているもの。
 それは、スワンボートだった。
 いや、これはさすがにないでしょ――
 暖野はそれを見て思った。
 何故、ここにスワンボートがあるのか。
 だが――
 笛奈からの砂浜で小舟に乗っている時、漕ぐのを手伝えたらと――
 確かに、そうは思った。だからと言ってスワンボートはないだろう。
 こんなもので、どこへ行けと言うのか。
「ここって――」
 暖野は言った。「いろいろ難しいみたいね」
「これは二人乗りに見えますが、一緒に乗って行けるんでしょうか」
 そんな暖野の気持ちも知らずに、マルカが無邪気に言う。
「待ってたら、そのうち船は来ると思う?」
 暖野は訊く。
 見える範囲に船の姿ない。色々と問題はあるものの、電車はとりあえず動いている。
 それが遠くから近づいてくるのも見ている。
 だが、この時点で見えないものがいきなり眼前に現れるとは、どうしても考えられない。渡し船なら向こうとこちらを往き来しているだけだろうから、双方の港の間に船が見えて然るべきなのだ。それがないということは、即ちこの船便はないということになる。
 だからと言って、スワンボートを漕いでまで対岸に行かなければならない理由も思いつかない。
 鉄道も船もダメか……
 暖野は思った。じゃあ、どうしたら――
 やっぱり、歩きしかないのか。
 以前、マルカが遠くの町とを結ぶ航路があったようなことを言っていたが、それらしき大型船の姿もない。
 上流に鉄道橋が見えている。対岸へ渡るには、それしかないようだ。確か、人は渡れると言っていたはずだ。
 二人は河沿いを橋へと向かうことにした。
 遊歩道はここで終わっているため、一旦広場へと戻らなければならなかった。