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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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「携帯」
 別の操作をしていたので、暖野は適当に返事をした。
 コンパスで方角を見ようとしていたのだ。だが、コンパスも役に立たないようだった。
「ケータイって、何です?」
 マルカがさらに訊いてくる。どうやら、本当に知らないらしい。
「電話よ」
「電話って、あの――」
 彼は、暖野の手にしたものを、まじまじと見つめる。「線がないのに、どうやって使うんですか?」
 それを全く知らない人に、最初から分かり易く説明するのは難しい。その上、今はそんなことはどうでもいいことだった。
「線が無くても出来るようになってるのよ」
 暖野はそうとだけ言った。
「そうなんですか。――それで、誰に電話しようとしてたのですか?」
「これは、電話以外にも色々使い途があるのよ」
「ノンノの世界には便利なものがあるんですねえ」
 彼は、心から感心しているようだ。
「それはそうと、地図がないんだったら、私たちはいったい何を頼りに旅をしたらいいわけ?」
「ノンノの心のままに」
「また、それ。――あのね、言っとくけど、私の心は地図じゃないのよ。方向すら判らないんじゃ、同じ所をぐるぐる回ることだって――」
「そんな心配は、あまりしない方が賢明だと思いますよ」
「でも、普通はするものよ。マルカが少し――ううん、かなり変わってるから、そう思えるんだわ」
「それは認めます」
 マルカは言った。「でもですね、そもそもノンノがここにいること自体が、異常事態だということを忘れないでください。あなたがこの世界を受け容れてくれたことは、嬉しく思いますが」
「誰がいつ、受け容れるなんて言ったのよ」
「もう、いいじゃありませんか。そういう実りのない会話は、すでに出尽くしたはずですよ」
 指摘されて、暖野は黙った。彼の言う通り、またいつもの堂々巡りを繰り返すだけだったからだ。
 実りのない会話、まさにその通りだった。
 でもね、それはマルカのせいでもあるのよ。あなたがちゃんと教えてくれないから――
 以前と違って、彼が多くを知らないであろうことは、暖野にも解っていた。
 彼は、暖野と行動を共にするためだけにいる。或いは何かを知っていたとしても、彼がそれを口にすることはあまりなさそうだった。昨日など、その秘密の端緒を聞いただけでもパニックを起こしかけたのだ。彼の言うように旅の途上で自然と判ってくるものなら、それが一番いいことのように思われた。
 暖野は駅の方を見る。二人はまだ、宿を出た所で立ち止まったままだった。
 駅へ行っても無駄だろうと思われた。路線図は地図と言うにはデフォルメされ過ぎている。観光案内のパンフレットや地図などありそうもない。もしあったのなら、とっくにそれを見ていたはずだ。
「ここには、お店とかあるの?」
 暖野は訊いた。
「ある、と思いますよ。一応は街なんですし」
「マルカは行ったこととか、ないの?」
「ええ。必要なものもないですし、気にも留めませんでしたが」
「とりあえず」
 暖野は駅とは反対の方角に足を向けた。「行ってみましょ?」
「はい」
 二人はようやく歩き出したのだった。