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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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 このままでは悪いと思った暖野は、夢の内容を大まかに話した。変な興味を惹きたくないため、懐中時計のこととあの男子生徒のことは抜きにして。
 宏美も、暖野が一応進学希望だということくらいは知っている。自分がいまどこにいて、それがいつなのかも分からなくなるほどの夢について、宏美も中途半端なことは言えないと悟ったようだった。
 暖野としては、むしろこういう時こそいつもの陽気さで流してくれた方が楽だったのだが。
 少しばかり気まずい雰囲気になる。
「ごめんね」
 暖野は言った。「いろいろと、大変だったでしょ?」
「ううん、暖野の方こそ」
「そうじゃなくて、シナリオのこと――」
「それなのよ!」
 宏美が突然、憤然として床を叩いた。
「び――びっくりするじゃない!」
「それこそ、暖野が謝ることなんて全然ないのよ」
「どうして? 何かあったの?」
 宏美の豹変ぶりに気圧されながら、暖野は訊いた。
「どうしたもこうしたも――。誰一人、何も考えてなかったのよ」
「そうなんだ。それで、みんなして市内まで繰り出したのね」
「そうなのよ。呆れちゃうわね。揃いも揃って誰かがやってくるだろうって思ってたんだから。ま、おかげで今日も部活サボれたんだけどね」
「宏美ってば、部活サボることばっかり考えてるのね。そういう宏美こそ、どうなのよ。考えてきたの?」
「私?」
 不思議そうに、宏美は言った。「私はいいのよ」
「何よ、それ」
「暖野も、私が何を目指してるかは知ってるでしょ?」
「女優、でしょ?」
「そう。女優はね、シナリオが出来てから登場するものなのよ。でなきゃ、煩(うる)さくてしょうがないでしょ」
 宏美が澄まして言う。
「いい気なもんね。――で、収穫はあったの?」
「イマイチってとこかな……」
「大目に見て、ね」
「それだけ皮肉が言えるなら大丈夫ね。どうせ家でゴロゴロしてるんなら、暖野も考えなよ」
「でも、本当にどうするのよ。適当とか言っても、アリスとかシンデレラとか、やりたい?」
 暖野は真顔になって言った。
「金太郎と浦島太郎を付けても、私はパスね」
「桃太郎は?」
「却下」
 以前、どこかで交わしたようなやりとりだ。
「でしょ。宏美、あんた女優だって言うんなら、どんな役がやりたいのか、希望とかないの?」
「タカラヅカみたいなの」
 宏美が即答する。「でも、そんなの無理だってことくらい心得てるわ」
「当たり前でしょ」
「違うのよ。私はいいとして、他の人がついて来られないわ」
「呆れた。自信過剰の塊ね」
「暖野こそ、詩人だって言うんなら、考えの一つや二つ浮かばないの?」
「だから、詩と小説は違うって言ってるでしょ」
 少々焦り気味に暖野は言った。
「でも、詩もひとつの世界でしょ? ある人が言ってるわ。詩と小説は対極の関係にあるって」
「ほらね。やっぱり、私には無理なのよ」
「話を最後まで聞きなさい」
 宏美が睨む。
「はい、わかりました」
 暖野はおどけて言った。
「ひとつのことを極限まで突き詰めて短くするか、順序立てて構成して物語に仕立てるかで、詩と小説は対極にあるの。でも、元は同じなのよ」
「宏美、そんなこと、どこで覚えたの?」
 暖野は驚いて言った。
「人を馬鹿みたいに言わないでよね。私は自分の夢に役立ちそうなことなら努力を惜しまないのよ」
「それと女優と、どう関係があるのよ」
「女優はね、存在自体がひとつの詩なのよ」
「へ……?」
「解ってないのね。要するに女優という存在は、世界なのよ。その世界を体現したしたものが女優なの。文字じゃなく、目に見える存在としての詩。それが女優なのよ。解った?」
 暖野は恐らく間抜けな顔をしていたに違いない。宏美が畳みかけるように言った。
「解らない……。解りたくもないわ」
「まあ、いいけどね。どだい、解ってもらおうとすること自体に無理があるもの」
「勝手言ってなさい」
 暖野はふてくされて、そっぽを向いた。
「ねえ、ほんとに何かいい案はないの?」
 宏美が元の口調に戻って訊く。
「あるわけないでしょ。宏美、女優が詩だって言うんなら、あんたも詩なのよね?」
 暖野は訊き返した。
「き……決まってるじゃない」
「じゃあ、宏美はどんな詩を体現してるの?」
「え?」
 宏美が言葉に詰まる。
「え? じゃないわよ。どうなのよ?」
「いじわる」
 宏美が上目遣いに暖野を睨む。
「ねえ、いっそのこと、もう模擬店にしようよ。今ならまだ間に合うし、お話に出てくるキャラのコスプレカフェとかでもいいじゃない」
 暖野は言う。
「コスプレは、他に何クラスかがやるんだって。同じじゃつまんないじゃん」
 暖野は校内がコスプレで溢れかえるのを想像して笑った。
「ちょっと、何が面白いのよ」
 宏美が怒って言う。
「だってさ、学園祭のテーマがコスプレみたいになったら面白過ぎるじゃない」
「もう、ふざけないでよ」
「だったら、ちゃんと考えるしかないわね」
 ひとしきり笑ってから、暖野は言った。
「他人事みたいに言うんじゃないの」
「だって、私は病人だしー。考えたくても考えられなかったもんね」
「都合のいい時だけ病人になるんじゃない」
 宏美が突っ込みを入れる。「実はね、昨日のHRで他の人にも聞いてみたのよ」
「ダメだったんでしょ?」
 暖野は先取りして言った。
「どうして分かったの?」
「学園もののドタバタ喜劇で恋愛もの。ホラーにミステリーで、かつシェイクスピアみたいに重みのあるもの。挙句の果てにはみんなが主役級ってところでしょ」
「そ……そう。その通り」
 宏美がのけぞる。
「そんなこと、分かり切ったことだわ。自分に責任がなけりゃ、好き勝手言うに決まってるんだから」
「厳しいわね」
「だって、そうでしょ?」
「結局、私たちがやるしかないのか」
 宏美が、溜め息とともに言った。
「まあね。もし私達のやることにケチつける人がいたら、その人も実行委員に入れちゃえばいいのよ」
「強気ねー。そこまで言えるんだから、いっそのこと暖野が仕切れば?」
「それは松丘さんに任せるわ。――で、彼女は考えてきたの?」
「それがねー」
 宏美が顔を顰める。「レ・ミゼラブルをやろうって言うのよ」
「ああ、無情ね」
 松丘さんらしい、と暖野は思った。
「あんな暗いの、みんな喜ぶと思う? 確かに名作ではあるけど」
「まあ、喜びはしないでしょうね。でも、やりがいはあるわよ。宏美もそう思うでしょ?」
「そりゃあね。でも、ジャン・バルジャンは女じゃないわ」
「またそんなこと言って……」
「ところでさあ、さっき夢がどうとかって、言ってたよね。夢をお話にするってのは、どう?」
「夢を?」
「そう。どんな夢だったのか知らないけど、それだけ印象に残ってるんなら、出来ないことはないでしょ?」
「そ……それはそうだけど。登場人物が極端に少ないわよ」
「そうかあ。その問題があったんだ」
 宏美が手のひらを額に当てて、呻くように言った。「うーん、どうしよう……。私、模擬店なんて絶対に嫌」

 宏美が帰ってから、暖野は考えていた。
 夢を、お話にする――その言葉が引っかかっていた。
 そしてまた思った。
 私は、何か大事なことを忘れている、と。