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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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4. 友の訪問


 土曜日。熱が下がらなければ、父が医者に連れて行ってくれるはずだった。だが、もうその必要はないと、暖野は頑なに拒んだ。
 暖野は、まだそんな季節でもないのに、綿入れを着込んでいた。
「お母さん」
 林檎を食べながら、彼女は訊く。自分の部屋だった。「お風呂に入りたい」
「駄目よ」
「もう汗でべとべとなの。気持ち悪くて寝られないわ」
「我慢しなさい。また、ぶり返したらどうするの」
「だって……」
 暖野は唇を尖らせる。
「だって、じゃないわよ」
「お願い」
「駄目です」
「もういい!」
 暖野は林檎をフォークごと放り出し、珠恵に背を向けてベッドに横になった。布団の中で綿入れを脱ぎ、外へ投げ出す。
「もう!」
 珠恵が呆れながら、それを拾う。「病人なんだから、もっと大人しくしてなさい」
 布団は湿っていた。それに、嫌な臭いもした。
 不快感も手伝って、暖野はかなり苛立っていた。
 それでも何度か寝返りを打っているうちに、軽い寝息を立て始めたのだった。
 目を覚ましたのは昼過ぎだった。
 暖野は空腹を覚え、階下へと降りて行った。
 雄三がリビングでソファに寝そべっている。TVが点けっ放しだ。
珠恵はキッチンにいた。
「お母さん、お腹空いた」
「そう、何か食べる?」
「うん」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
 珠恵が冷蔵庫を開ける。
 暖野はその横に立った。
「何?」
「牛乳飲もうと思って」
 紙パックからグラスに注ぎながら、暖野は訊いてみる。「ねえ。お風呂、いいでしょ?」
「どうなの、調子は?」
「大分よくなったみたい」
「もう一度、熱を計ってみなさい」
 暖野は言われたとおりにした。
 37度2分。たいした熱じゃない。
 それを母に告げると、やっとのことで入浴の許可が下りた。
 本当に久しぶりな気がした。最初にシャワーを浴び、頭と体を洗った。汗にまみれているせいで、あまり泡立たなかった。
 湯船に身を沈めると、思わず深い吐息が漏れた。また眠ってしまいそうになる。生き返った心地とは、まさにこんな感じなのだろう。
 外はいい天気だった。小さな窓から眩しすぎるほどの光が差し込んでくる。
 部屋に上がったら窓を開けて換気をしようと、暖野は思った。
 ゆっくり温まると、暖野はもう一度頭と体を念入りに洗い、石鹸とシャンプーが充分に泡立ったことに満足した。
 1時間ほどかけて入浴を済ませると、暖野はいつもより丹念に体を拭いた。湯冷めしたら元も子もない。髪にもきちんとドライヤーを充てた。
 部屋に戻ると、廊下側のドアも窓も既に開け放たれていた。ついでに布団も干してあるらしく、新しいベッドカバーが机に置かれていた。
 しっかり拭ったとは言え、すぐに寝たら変な寝癖がつくし、また寝冷えしてしまいかねない。
空は快晴だったが、吹いてくる風は少し冷たかった。
 電話が鳴る。宏美からだった。
「もしもし」
「暖野、調子はどう?」
「大分よくなったわ」
「そうみたいね」
「そんなこと、判るの?」
「だって、昨日は死にそうな声してたもん」
「オーバーね。死にやしないわよ」
 暖野は笑った。
「実はね、いま、市内にいるのよ」
「市内?」
 市内というのは、この街の中心部を指す。合併などで後からくっついた市の外縁部は、昔からの地名で呼びならわされるのが通常だった。
「買い物と、調べもの」
 宏美が言った。
「へえ、珍しいね」
 宏美が何かを調べにわざわざ出かけるということが、である。
「みんなもいるのよ」
「みんなって?」
「松丘さんに夏美、好恵――」
「ちょっと、それって――」
 松丘千鶴、佐伯夏美、小鴨好恵。彼女らは学園祭の劇の実行委員だった。
「そう。どんなのにしようか全然決まらないから、リサーチしに来たのよ」
「リサーチって、劇を見に?」
「まさか。本屋と図書館で調べもの」
「ああ」
 よく知らないが、演劇のチケットなどそうそう簡単に手に入るものではないだろうし、そもそも頻繁に上演されているものでもないはず、と暖野は思った。「で、決まったの?」
「ううん、さっぱり」
「そんなに簡単に決まるわけないわね」
「暖野――」
 宏美が、少し改まった声で言った。「今日、お宅へ寄ってもいい?」
「うん。それはいいけど……」
「都合が悪いの?」
「そんなんじゃないの。ただ、宏美に風邪を伝染しちゃいけないって思って」
「私なら、大丈夫よ」
「まあ、宏美なら、ね」
 暖野がクスクスと笑う。
「それ、どういう意味よ!」
 宏美が不機嫌な声を出す。電話口の向こうが急に騒がしくなった。夏美や好恵が何か言っているのだろう。まさか、会話が聞こえるようにしてはいないだろうが。
「ごめん。じゃあ、あんまり遅くならないうちに行くから――」
「うん。待ってる」
 通話が切れる。暖野は電話を机の上に戻した。
 宏美が訪ねて来たのは、4時少し前だった。
「ほんと。大分いいみたいね」
 玄関まで迎えに出た暖野に、宏美は言った。
「うん。自分でもびっくりしてる。これでも昨日は40度も熱があったんだから」
 招じ入れながら、暖野が言う。「みんなは? 一緒じゃないの?」
「帰ったわよ。大勢で押しかけても、却って気を遣うでしょ」
「うん。まあね」
「でも、一応これ――」
 宏美が紙袋を差し出す。
「お見舞い? そんな、重病人でもないのに、悪いわね」
「松丘さんが、手ぶらじゃ駄目だって言うから。みんなで乏しいお小遣いを出し合ったのよ」
「あの人らしいわね。みんなにお礼を言わないといけないな」
「それと、昨日の授業のやつ、一緒に入れといたから」
 紙袋の中には、レポート用紙が数枚入っていた。
「いろいろと、ありがとう」
 ほとんど走り書きに近い授業の写しを見ながら、暖野は礼を言った。
「それにしても、忙しい人ね、あんたって」
「何が? 私、ずっと寝てたんだけど」
 宏美の言葉の意味が分からずに、暖野は言った。
「1日で高熱出して、次の日にはけろっとしてるからよ」
「仕方ないじゃない。好きでなったわけじゃないんだもの」
「ずっと調子悪そうだったし。疲れがたまってたんじゃない?」
「かもね。でも、熱出したきっかけは、やっぱり体冷やしたからだわ」
「なんだ、寝冷えか。それじゃ、しょうがないね」
「ひどい夢を見たのよ。それで寝汗をかいて、布団を蹴って寝てたの」
「ふうん。どんな夢だったの?」
「うん……」
 暖野は、言おうか言うまいか迷った。
「ねえ、教えてよ」
「大体私は、変な夢を見ると寝汗をかくのよ」
「誰だってそうよ」
 宏美が言う。「おかしな夢を見る時ってのは、調子が悪い時なんだから。――ね。どんな夢だったのよ」
「言ったって、どうにかなるもんじゃないし」
「そりゃあね。でも気休めにはなるわよ」
「何の気休めよ」
「私が適当に解釈してあげる」
 宏美が胸を張る。
「適当じゃ困るのよ」
「困る?」
 宏美が顔を寄せてくる。「そんなに深刻な夢だったの?」
「……」
 変な風に藪蛇になってしまったと、暖野は思った。
「水くさいじゃない。隠し事なんてさ」
「べつに、隠してるわけじゃないのよ。ただ、言いたくないだけ」
「同じことよ」
「あのね――」