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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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「ねえ、この世界はなくなってしまうんでしょう? だったら、私はこのままここにいていいの?」
 そうなのだ。まさか世界の消滅の目撃者になれというわけでもあるまい。それに、世界がなくなるということは、とりもなおさずそこにいるものもなくなるということになる。
「ですから、ノンノは一旦ここから出ることになるでしょう。べつにいてもらっても問題はないはずなのですが、その方が気持ちの上でも楽でしょうし」
「帰れるのね?」
 暖野はその言葉を聞いて安堵した。アゲハの話では、何かしなければ帰れないような感じだったからだ。
 でも――
「ちょっと待ってよ―― だったら、あなたも消えてしまうんじゃないの?」
「私ですか?」
 マルカが意外そうに訊く。そして安心させるように幾分柔らかな表情になって言った。「私は大丈夫ですよ」
「じゃあ、あの人は?」
「博士は、いわばこの世界そのものの最後の意識なのです。ですから……」
 マルカが言葉を濁す。
 やはりあのアゲハ博士はこの世界と共に消えてしまうのだ。確か、宇宙意思と言っていた。
 世界ならともかく、宇宙の意思が消えてしまうなんてことがあるのだろうか。
 暖野の沈痛な思いを励ますようにマルカが明るく言う。
「でも私は、ノンノとのつながりにおいて世界を共有しています。だから私は半ばノンノの想念の中に存在していることになるのです」
「私、あなたに会うのは――」
「分かっています。初めてだと言うのでしょう」
「え……ええ」
「でも、私はノンノを知っています。とても……」
 マルカが少し目を伏せる。「今は……これでいいでしょう」
 どうせ訊いても答えてはくれまい。暖野はそれ以上、このことについて深く訊くのはやめた。
 言葉が途切れると森の中は静寂に包まれてしまう。
「え?」
 何の気もなく後ろをふり返った暖野は、思わず声を上げた。
 道がなくなっている。
 つい今しがた通ってきた道が、暖野の数メートル後ろで忽然と消えていた。
 石畳の道が跡形もなく周りの森の中に融けてなくなっている。ただ暗いというだけではない。道を照らす灯りさえもがなくなっていた。
「道が……」
 暖野はマルカに向かって言った。
「この道は、はじめから存在していなかったのです」
 マルカが平然として言う。「私たちがこの世界の意識に会うために、特別にあつらえられたものなのですから」
「じゃあ、あの家も……」
「ええ。でも半分はノンノ自身が創り上げたイメージによって成り立っていたのですよ」
「私、あそこに何があるのかも知らなかったのに?」
「行く先に何があるのか、何が待っているのかという期待とでもいいましょうか」
「博士も?」
 まさか、アゲハや彼から聞かされた話さえも、暖野が期待したとおりのものだったと言うのだろうか。
「全てがそうなのではありません。ただ、人は概ね自分の想像したようにものを見るということです」
 相変わらず訳の分からない言い方を、マルカはした。
 だとすれば、自分がイメージしさえすれば、消えることはないということなのだろうかと、暖野は道があったはずの森の闇を凝視した。
 今まであったものが消えるなんて――
 それはある意味で時間を象徴しているようでもあった。今の現実は、一瞬後には過去になってしまう。過去はそれがたとえどれだけ近いものであっても、決して近づくことはできないのだから。今は、あくまでも今でしかないのだ。
 暖野がいくら意識を凝らしてみても、失われた道が再び現れることはなかった。
「行きましょう、ノンノ」
 いつまでも道の真ん中に立っている暖野を、マルカが促す。
「行くって、どこへ? ここにはもう、行くところなんてないじゃない。どうせ、みんな消えてしまうんでしょう?」
 知らず、暖野の声は棘があるものとなっていた。
 マルカの瞳が哀し気な光を宿す。
「ごめんなさい」
 暖野は言った。「あなたに、こんなこと言っても仕方ないのに」
「いえ、いいんです。私が無神経すぎたのです」
「私、疲れたわ」
 溜め息混じりに暖野は言った。
 極度の疲労が彼女を支配していた。ここでのことが、あまりにも理解を超えていたからでもある。それだけでなく、現実世界での最後の感覚も甦ってきたのだった。
 そう、私は疲れているのよ――
 今日、学校で起こったことが、今では遠い昔の出来事のように思われた。
 学園祭の実行委員に選ばれ……。
 そうだ! 劇のことがあったんだわ――!
 どうしよう……――
 どうして、考えなければならないことが一時に幾つも出来るのだろう。もう少しばらばらに起こってくれればいいのに、と暖野は思った。
「とりあえず、街に出ましょう」
 マルカの声で、暖野は我に返った。
 そう、こんな森の中にいてはどうにもならない。
「街へ出て、それからどうするの?」
「ノンノは、どうしたいですか?」
 マルカが問い返す。
「帰りたいわ」
 正直に暖野は言った。今すぐにでも眠りたい気分だった。
「そうですか。もう少し、街を見物してほしいのですが……」
「歩くんでしょう?」
 残念そうに言うマルカに、暖野は言った。
「ええ。ここにはもうトラムもありませんから」
「帰るには、どうしたらいいの?」
「ノンノは帰りたいと思っているんでしょう?」
「当たり前よ」
「じゃあ、心配する必要はないと思います。ノンノは帰れます」
「馬鹿にしてるの? どうしてそんなにはっきり言えるのよ」
「あなたが帰るきっかけを呼び寄せるはずだからですよ」
「そんなに言うなら、ほんとにどうしてあなたでは駄目なの? いったいあなたは、どれだけのことを知ってるの?」
「ノンノが思うほどには、私は多くを知っているわけではありません。私はただ、必要以上にあなたを混乱させたくないだけなのです。今は、博士も言ったように帰ることが出来るとしか言えません」
 とりあえずは、マルカの言葉を信じるしかなかった。そう腹をくくると、後は森に入る前のロータリーに着くまで口を開かなかった。
 気持ちを少し静める必要があった。眠いせいもあって、簡単に激昂してしまいそうだった。
 暖野はマルカの背中を見ながら歩いた。
 黙っていると必要以上に長く歩いているような気がしてくる。
 前方がこれまでよりも明るく見えてきて、ようやくこの道が終わるという実感が湧いた。
 そう、終わりなのだ。本当に。二人が森を抜けると、この道自体が消えてしまうのだから。