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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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9. 終わりの道


 マルカと暖野は邸の廊下を戻り始めた。
 ここを通る者は、もはやいないのかも知れない。先ほどはあれほど暖かに見えた灯りが、今は空虚で物悲しいものに思えた。
 両側に並んだ扉も二度とは開けられることはないのだろう。あるいはこれまでも開けられたことはないのかも知れなかった。
 来た時と同じく、マルカが扉を開けてくれる。
「寒い」
 玄関を一歩出て、暖野は呟いた。
「ここは夜になると冷えます」
 マルカが言う。「ノンノも、山に登ったことはあるでしょう」
 暖野は頷いた。
 彼が言いたいことは分かった。
 都会と違って、山の中では夜になると急速に冷えてくる。土や樹々は昼間の熱を保存しない。アスファルトやコンクリートはいつまでも熱を保ち続け、夜になっても気温が低下するのを妨げる。都会臭い夜の独特の匂いは、そこからくるのだ。
 しかしここは街からそれほど離れているわけでもなく、高い山でもない。にもかかわらず湿気を帯びた冷気は肌にまとわりつくようだ。
 衣替えの後で良かったと暖野は思った。夏服のままだったら風邪をひいてしまいかねない。それでもまだ間服の薄手の上着のために、冷気は容赦なく入り込んでくる。
 想像された世界でも、こんなに寒いものなのかしら。どうせなら、もっと暖かい世界にすればよかったのに――
 荒れた庭を通り、門の前で暖野は振り返ってみた。
 そこからではもう邸は見えなかった。
 アゲハの言葉が正しいのなら、おそらくもう誰もくぐることのないであろう門を抜ける。
 マルカは律儀に門扉をきちんと閉ざした。
 自分たち以外に誰もいないのなら、もはや門などどうでもよいようなものなのにと暖野は思った。
「ねえ」
 街――沙里葉へと戻る道の途中で、前を行くマルカに暖野は言った。
「何です?」
 彼が歩調を緩めて訊いてくる。
 帰りは、来るときと違って彼は急がなかった。
「想像しろって、さっきの人は言ってたけど、何を想像したらいいの?」
「何でもでしょう」
「何でもって言われてもねえ」
 マルカのあまりにもあっさりとした答えに、暖野は苦笑した。
「そんなに難しく考える必要はないと思いますよ」
「それは、そうなんだろうけど……」
 実際その通りなのだろうと、暖野は思う。「でも、そんなに簡単に言うんなら、あなたがやればいいじゃない。それにあなたでなくても、あの博士でもよかったんじゃない? 彼なら何でも知ってるんだろうし。そもそも、何でわざわざ私が呼ばれなければいけなかったの?」
「わかりませんか?」
「わかるわけがないでしょう」
「そうですか……」
 マルカが言う。「つまり、この世界の種子がインナースペースだからなのですよ」
「それはさっき――」
「そう、話に出てきた内宇宙――小宇宙のことです」
「小宇宙は人間だって言ってたから、その内側――心の中ってこと?」
「ええ、そうです。だから、ノンノが必要なのですよ」
「ちょっと、縮めないでくれる? それじゃさっぱり分からないわ」
「博士の話で分かってもらえたと思ったのですが――」
 マルカが言う。「例えばですね、私がここを救うために想像したとしましょう。でもそれは、私のインナースペースでしかありません。それは解りますよね」
「ええ。それはそうでしょうけど……」
「この世界が、その種子となる思念を元に、多くの人の思いが合わさって出来たものだということも、さっき聞いたはずです」
 暖野は頷く。それを確かめて、マルカが続けた。「だから、私が想像したとしても、その種子は芽吹くことはないでしょう。たとえ博士とともに想像力を目一杯働かせたとしても、たかだか知れていますからね。それに、私の想像は、この世界に反映させることができないのです」
「あなたが、ここの人だから?」
「そうです。とりあえず、今はそう理解してもらうのが一番いいでしょう」
 マルカが含みありげな言い方をする。「私の想像によって出来る世界は、ここが消滅すると同時に滅んでしまいます。その世界は、ここを元に成っているからです。だから、この世界を救えるのは、もう一つ上の階層の思念が必要なのです」
「ここは、私の世界よりも下の階層なの?」
 世界に上や下の概念があるものなのかと、暖野は不思議に思った。
「あなたや、あなたの世界の他の人達の意識下という意味では」
 暖野にはやはりよく解らなかった。それを察してか、マルカが続けて言う。「上や下というものは、世界に最初からあるものではないのです。例えば、星はノンノの上にありますが、下にもあるでしょう?」
「星が? 下にですって?」
「よく考えてみて下さい」
 マルカがその時間を与えるように黙る。
 暖野は言われたとおりに考えてみた。
 確かに、星は頭上にあるものだ。足元になどあるはずがない。でも、本当にそうなのだろうか? この踏みしめている大地も星ではないのか。
 と、そこであることに気づいた。地球は丸いということに。だとしたら、マルカの言う通りに地面を反対側に突き抜けた先にも星があることになる。
「周り全部に星があるってことね。上にも下にも、それから全部の方向にも」
 マルカが頷く。
「上や下の概念は、存在が造るものだと博士が言っていました」
 まあ、それも理解できないことではなかった。造るとかどうとかは別としても、上下は何かを基準にして捉えるしかない。その基準を持たないものには上下など意味がない。
「その辺は何となく解った気がする」
 暖野は言った。「でも、さっきあの人は時間を遡ったかたちで世界が喪われるって言ってたけど、それは時間が逆行してるってことなの?」
「違います。ここを取り巻く時間の概念――まあ、あなたの現実世界においてもそうですが――それが非常に複雑だから、そう言ったのでしょう」
「本当は、どうなの?」
「はっきりしたことは解りません。博士に説明してもらったことはあるのですが」
 マルカが言う。「でも、私は、そうですね――例えば、時間が一直線のものだと仮定しましょう。ここでは縦軸として上へと過ぎてゆくもののします。でも、ここは途中から横へと分かれた世界なのです。その意味は判りますね」
「要するに、縦軸から見れば、位置は変わらないということ?」
「そうです。だから正確には時間が逆行しているのではなくて、方向こそ違っても一応は進んでいるのです。もしそうでなければ、ノンノのその時計も停まっているはずでしょう?」
 暖野は時計を見た。それはマルカに言われるまでもなく、確実に時を刻んでいた。
「ということは、その逸れてしまった時間の流れを元通りにするってこと?」
「どうなんでしょう? 元通りというのとは違うような気がします。そう――」
 マルカがしばらく言葉を選ぶように黙する。「そうですね。こう言った方が分かり易いのでしょうか。花が枯れる前に種を残し、そこから再び芽が出るようなものかと」
 次元が全く違っているようで、暖野にはさらに訳が分からなくなった。
 二人はしばらく黙って歩いた。暖野としては訊きたいことが幾らでもあったが、どれをどう訊いていいのかすら分からない状態だったからだ。だが、暖野はふとあることに思い当たった。