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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
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おしゃべりさんのひとり言【全集1】

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 私はこの話が、どれほど自分にとっての助けになるのかを、その時は考えていたと思います。やる、やらないではなく、もうどの程度までやればいいのかと考えていました。そのためには、もっと理解するための情報が欲しかったのですが、彼が持っていたのは、何かのデザイン画や販促用リーフレット、製品の技術資料のコピーばかりで、私が欲するような、ビジネスシミュレーションの役に立ちそうなものはありませんでした。
 ちょっと困っているところへ彼は、タイミングよくこう言いました。
「この計画を、ちゃんと説明できる成功者に会って、話してみないか」と。
 私は少しの不安もありましたが、ひょっとすると(預金が集まるかもしれない)という下心に突き動かされ、「会ってみたい」と言うと、彼は早速、当時はまだ珍しかった携帯電話を取り出して、その場で翌日のアポイントを取ってくれたのです。

 次の日、私は銀行での仕事中、ワクワクしていたのを覚えています。現実からの逃避に成功したかのような錯覚に陥っていたのかもしれません。
 その晩、私はあの方に会う事が出来ました。いつもなら、残業で何時に帰宅できるか予定など立たないのですが、その日は、本当に何かの偶然で、暗くなる前に帰宅することが出来ました。そして、荷台に黒いスチールボックスが取り付けられた銀行の自転車で、その友人の家に向かいました。
 あまりガラのよくないバイクが、数台停めてある彼の家に少し早く着いて、約束の時間まで待つことになったのですが、すでに私のほかに、数人の眼つきの悪いヤンキーたちが集まっていました。彼らはもう、それぞれにビジネスを始めていると言っていましたが、(やっぱりこういう連中が手を出すような話なのか)と、かなり不安になりました。かと言って、強引に引き込まれるほど意思は弱くないので、逆に(しっかり話を聞いてやろう)と腹を決めました。

 約束の時間に近付いた頃、私たちは前日の喫茶店へ移動してすぐ、店の前に黒っぽいベンツが到着しました。ヤクザっぽくはありませんでした。ベンツに乗っている知り合いなど一人もいなかった私は、少し興奮しました。そして、その車から背の高いスマートな紳士が降りてきたのです。お世辞でもなんでもありません。あの方は、サラリーマンではありえない雰囲気を醸し出していました。私は少し小太りの医者みたいなのをイメージしていましたが、決して派手に着飾ることなく、ビジネスマンとしてかっこいい男性だと思いました。
 そして、挨拶を交わして、本題に入りました。

 始めのうちは、各自の夢について質問をされました。
「君は将来何になりたいのかな?」
この質問に、その場にいた何人かは荒唐無稽な夢を語っていましたが、(まだ就職もせず、フラフラしている輩に何ができるものか)と思って聞いていましたが、私にまで同じ質問がされたのです。
「私は、銀行員ですが・・・」と答えましたが、あの方は、
「銀行に勤め続けることが夢なの?」と聞き返されました。

 よく考えると、夢について真剣に考えたことなんかありませんでしたし、即答を迫られても、いい答えなど見つかりません。その場にいた他の人達のほうが、目を輝かせているのに気付きました。
 その後に聞いたビジネスプランは概要的なものでしたが、ひと味違うと思ったのは、会社設立や作業の提案ではなく、将来的にはロイヤリティ(権利的な収入)につながるビジネスの確立と、その権利の取得といった、まさに成功している人たちでないと、筋道が立てられないようなビジネスでした。

「ここに1000万円あるとしよう。全部君にあげるから好きに使え。って言われたら何に使う?」

 この質問が私の運命を変えてくれました。ありきたりな答えや、ふざけた回答が飛び交う中、私はじっくり考えて、今では仲間内で伝説となっている答えを言ったのです。

「では500万円はあなたに差し上げます」
「どうしてかな?」
「僕は仕事でこんな札束を常に目にしていますが、使い方を知りません。あなたを真似て、同じように使って勉強します」

 あの方はこの時、一瞬目を見開いて、
「銀行なんか辞めて、すぐにうちの事務所に来なさい」と言ってくださいました。
 それにも即答はできませんでしたが。

 そのあと、「仕事仲間に会うから一緒に食事しませんか?」と誘っていただきました。その場にいたヤンキー二人も同行することになりましたが、少し遠いレストランだったので、私は自転車で自宅に戻り、自分の車で向かうことにしました。
 レストランの駐車場に入ると、外車が数台停められていました。すぐにビジネスメンバーの人たちの車だとわかりました。私はボルボワゴンとあの方のベンツの間に停めました。
 当時私は、アコード・インスパイアという車に乗っていましたが、銀行員として恥ずかしくない車で、支店長より多少グレードの低い車の中では、最高の選択肢だったと思われる、三年ローンの自慢の愛車でした。しかし、車を降りて振り返ってみると、革靴に囲まれたスリッパのように感じました。

 テーブルに着いて、そこに来ていた人たちと話すと、心配していたような人種ではないことがよく分かりました。
(食事を注文する前から、よく喋る人たちだな)と思いましたが、この人たちに馴染めない人などいないと思うぐらい、素敵な人たちであることが、第一印象で判るぐらいでした。でもやたらと夢について聞いてくるのには、戸惑いましたが。

 そして、私はあの日、「このグループに参加する」と宣言しました。

 何かを販売するわけでもないし、人を誘って来ないといけないわけでもありません。まず、自分にできることは何かを考える日々でした。成功者のアドバイスをもらいたくて、あの方の家に何度も足を運びました。あの方は毎日忙しく飛び回っておられたので、会えるのはいつも深夜でした。

 私は絵を描くのが趣味でしたので、いくつかのサンプルを持って行きました。するとすぐに人を紹介してくれて、「この人のところに行けば、アドバイスくれるかも」と言われました。
 私は紹介された方に連絡を取り、会うことが出来ました。その方は大手アパレルメーカーでデザインの仕事をしながら、個人でイラストレーターをされていました。その方に師事しながら、プロのイラストレーターの仕事の仕方を学びました。またその方と交流の深かった有名な画家のご自宅にも招いていただき、数々の影響を受けました。そしていくつかの仕事を紹介してもらい、私にも徐々に絵の仕事が舞い込んでくるようになりました。初めのうちは、小さな企業の社内紙の表紙とか、ダイエット本の挿絵とか、カフェのメニュー表のデザイン、雑貨屋の紙袋のロゴのデザインなど簡単なものばかりでした。
 後々には工業製品のデザインなども手掛けるようになりました。そのために貿易会社を紹介され、自分のデザインした製品の金型を依頼するために、単独で中国に出向き、慣れない中国語を筆談で打ち合わせするなどした貴重な経験は、後にあの方が海外でのビジネスをする際に、同行させてもらうきっかけにもなりました。